第4話 値切り
クヴィンが、喋っている。
しかも早口で、身振りつきで、目を輝かせて。
「……あれ、本当にクヴィンですよね?」
「クヴィンだね」
「双子の兄とかでは?」
「素材が絡むと、ああなる」
王都の南市場、幌馬車がずらりと並ぶ行商の一角。研究室一同は、ちょっとした見世物を眺める気分で、無口なはずの同僚の背中を見守っていた。
交渉相手は、日に焼けた小さな老婆だった。名はヨルガ。南回りの行商を五十年続けている生き字引で、クヴィン曰く「珍しい石が欲しければ、まずこの婆さん」だそうだ。
その婆さんが今、キセルをくわえたまま、掌の上の石をひょいと放って寄越した。
「ほら、それが竜血鉱だよ」
赤黒い、拳大の石だった。
受け取ったテオは、思わず声が出た。
「冷たい……いや、これ、冷たいんじゃなくて」
「気づいたかい。そいつは周りの熱を『食ってる』のさ。食った熱は魔力に変えて、じわじわ吐き出す。竜の血が岩に染みて三百年、そういう石になる」
理屈の通りだ。いや、理屈以上だ。これを冷却層の芯に据えられれば、ミツバチの熱問題は根本から変わる。
「おいくらですか」
「拳大ひとつで、金貨八十枚」
「…………」
テオは素早く暗算した。百灯を三日三晩。必要な竜血鉱は、最低でも拳大四つ。〆て金貨三百二十枚。
研究室の装置予算、残り三枚。
ここからが、クヴィンの本番だった。
「……婆さん。この角の丸み、三百年ものじゃない。二百五十がいいとこ。等級はひとつ下」
「目は確かだね。だが値は変わらないよ」
「うちの死蔵の鉱石と現物交換でも」
「いらないね」
「三年分の行商の護符、うちが無償で焼く。それを乗せても」
「……惜しいが、駄目だ」
珍しく食い下がるクヴィンに、ヨルガ婆はキセルの灰を落として、初めて商売人の顔を崩した。
「坊や、値切りの筋は悪くない。だがこいつばかりは、一枚もまからない理由があるのさ」
婆は幌の奥を親指で指した。木箱の中に、竜血鉱は残り数個。
「――山が、閉じたんだよ」
「山が?」
「南の竜の岩山。竜血鉱の唯一の産地だ。三年前に先代の竜が死んで、若いのが巣を継いだ。これが気の立った竜でね。採掘隊が二度入って、二度とも命からがら逃げ帰った。以来、山は閉鎖。新しい石は、もう三年、市場に一粒も出ていない」
「つまり、それが最後の在庫……」
「そういうことさ。値が下がる道理がないだろう?」
交渉は、決裂した。
◇
肩を落として帰りかけたときだった。
テオの足が、ふと止まった。ヨルガ婆の幌馬車の脇、薬草を積んだ荷台。その床下に嵌め込まれた保冷用の魔法陣から、嫌な色の魔力が漏れている。
「婆さん、この保冷陣、芯の紋が焼け始めてます。もって十日。切れたら薬草は全部萎れますよ」
「なんだって!? 冗談じゃない、南までひと月の道のりだよ!」
「換えの陣は――この型、もう廃番か。……ロロ、道具箱」
「あいよ!」
というわけで、市場の隅で臨時の修理屋が開店した。
焼けた芯は救えない。だからテオは、手持ちの汎用の小陣を二枚、焼けた部分の上に重ねて貼り、縦穴で繋いで負荷を逃がした。ついでに配分を組み直して、魔力の食いを半分に落とす。
ヨルガ婆は、修理の一部始終を、キセルも忘れて覗き込んでいた。
「……妙な直し方をするねえ。陣を、重ねたのかい」
「ええ。学界じゃ禁じ手ですけど」
「面白いねえ」
婆はしばらくテオの顔を眺め、それから幌の奥をごそごそやって、二つのものを放って寄越した。
ひとつは、親指の先ほどの竜血鉱の欠片。
もうひとつは、木の札だった。焼き印で竜の紋が押してある。
「欠片は直し賃の釣りだ。取っときな。それと、そいつは山の割符。麓の関所は、それで通れる」
「……つまり?」
「どうしても要るなら、採りに行くことだね。道筋は書いてやる。あたしの名前も使っていい」
婆はキセルに新しい葉を詰めながら、にやりと笑った。
「ただし――竜の機嫌までは、保証しないよ」
◇
その日の夜、研究室。
親指大の欠片を冷却層の芯に据えた改造ミツバチが、作業台の上で静かに唸っていた。
「……三十分、経過」
ミラが懐中時計を睨む。ロロが計器に張り付く。クヴィンは欠片を固定した封止を、祈るように見つめている。
「三十五分……三十六、三十七――」
三十八分。
そこで、ようやく熱抑えが働いて、詠唱の速度が落ち始めた。
「九十秒が、三十八分!!」
ロロが雄叫びを上げ、ミラが慌てて窓を閉めた。夜中である。
「親指の先っぽで、二十五倍……」テオは計算用紙にペンを走らせた。「拳大を四つ、冷却層に正しく配置できれば、三日三晩に理屈で届く。届くんだ」
「届くけど」ミラが現実に引き戻す。「その四つが金貨三百二十枚。もしくは、気の立った竜の巣の中」
「なら、答えは一つでしょう」
テオは黒板に、でかでかと書いた。
『南の竜の岩山まで、採りに行く』
「はいはい、そう言うと思った。で、遠征費は? 許可は? 誰が竜と話をつけるの?」
「それは、これから――」
そのとき。
「――騒がしいな」
戸口に、ヴェルナが立っていた。
夜中の見回りらしい。文句のひとつも落として去っていくのかと思いきや、教授の目は、黒板の文字の上でぴたりと止まった。
「……南の、竜の岩山だと」
「あ、はい。竜血鉱を採りに。ご存知なんですか」
ヴェルナは長いこと黙っていた。それから、心底嫌そうに、ため息をひとつ吐いた。
「――行くなら、私も行く」
「「「……は?」」」
研究室の声が、綺麗に揃った。
(第5話へつづく)




