表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
静寂の彼方へ  作者: 宙子
14/15

14.



 会話していた2人の空気が変わった。

 何か、見つけたようだ。



「!!あれは___」

「どうした」

「ブラムさん、双眼鏡を」

「ん、これでいいか」


 くぎ付けになって岩壁のはるか上を確認したその人は、確信したようだ。



 青みがかった長いザイルが1本、風にあおられて垂れていた。

 それを頼りに、ゆっくりとではあるけれど誰かが下りてきている。


 「こ、これを使え!」


 事情を察したブラムさんは、大急ぎで拠点に備えてあった長尺のザイルをオーウェンに手渡す。


 双眼鏡を手放した人物___オーウェン青年は、ザイルを受け取ると自分のドローンに装備させ、さらに岩壁に向かって掲げた。


「行くんだ、彼女のところまで」


 彼の懸念。それは、このままではリサのザイルの長さが足りないということ。

 

 彼のドローンは使い込まれた見た目だけれどじつは新型。

 岩壁の全体像をほぼ正確に把握できる。




 先日下山したはずのオーウェンは、何かが引っ掛かり帰るに帰れず、途中で引き返しここまでたどり着いていた。


 スローペースながらその道のりも相当、厳しいものであったはず。しかし、意志の力はそれを成し遂げた。


 過去の経験から、リサが戻ってこられるとつゆほども予想していないブラムさんは、話し半分に聞いていた様子だったが。



「どうか、持ちこたえて……」


 祈るような気持ちだった。




 一方、満身創痍なリサは、数十メートル下でそんなことが起きているとは気づいていない。


 滑るように岩壁に沿って飛び上がったドローンは淡々と、自らに課された仕事をした。運んだザイルを、垂れ下がったザイルに固く結びつける。


 さらに、そのままザイルを保持。ビレイヤー役も行うようだ。



「よくやった……!」「偉いぞ」


 ブラムとオーウェン青年は、喜びを表現しながらドローンの働きを讃えた。



「…………」


 意識がはっきりしないなか、彼らの声はリサにも届いているのだろうか。


 途中、強い横風にあおられて不安定な状況に見舞われたものの、無事に長い長い懸垂下降を終えることができた。



 駆け寄ったオーウェンとブラムが、心配そうに彼女の顔をのぞき込む。


「! ウェン? ブラム さん……?」


「そうだよ、僕だ」


「よく……戻ってきたな」


 ガンコ者のブラムさんが、涙ぐんでいる。 

 オーウェンはすかさず、用意していたカップを手渡した。


(……これは、 ゆめ?)


 少しの酸味と甘みを感じる。限界の身体が求めていたもの。

 ぬるま湯が、乾いたのどを潤してくれる感覚。


 さっきからウェンが、リサの左手を取って放そうとしない。

 それに、背中あたりをさすられ続けている。

 少しでも温めようとしてくれているのか。



 ___本当はすごく苦手なんだ、こういうのは。

 でも、今は……。


 どうやら夢じゃなさそうだとリサは思い始めていた。




 _____________



 3日後、フランス北西部の病院。



 病室のベッドにリサの姿があった。

 凍傷の治療のためか、白いガーゼで一部を覆われた顔。

 そして傷だらけの手足がまだ、痛々しい。


 髪が後ろで1本の三つ編みにされ、マーブル模様のゴムでくくられている。

 

 水色のプラスチックの椅子に座り、イネスが側にいる。

 数日前から付き添っているようだ。


 リサは、シンプルな子犬の絵柄入りマグカップを手にしていた。

 温かい紅茶がやわらかい湯気を立てている。


「明日、退院していいって。先生が」

 

 イネスが言う。


「た・だ・し、大事な親指サンと薬指サンは、経過観察だからまだ通院は必要よ」

「みたいだね」

「ちょっと、他人事じゃないよ?ちゃんと治療しなきゃ」

「分かってる」


 右手を見る。親指と薬指が膨らみ、赤みを帯びている。

 診断では中程度の凍傷。しばらく様子見をして、《《処置》》が決まるという。

 

 心配性のイネスは、最悪のケース___切り落とすことにならないかと想像しているらしい。


 実際、感覚は鈍い。

 イネスが持ってきてくれたマグカップ、割るところだった。



「また元通り、クライミングできるかな?」

 

 返事はないだろうが、自分の指に囁いてみる。


 そっぽを向いているイネスは、呆れて聞こえないフリなのか、疲れてうたた寝を始めたのか。






 セルヌに登頂した翌々日、朝刊に記事が掲載された。

 ル・ノワイヨ社が独占で発行したものだ。

 あわせてWEB上でも情報が駆け巡った。


 記者・ジュリアンの働きかけで、すでに記事の文面はほとんど用意され、関係各所への根回しもできていたため、スムーズな運びとなった。


 役員たちも、それまでの慎重な姿勢から一変。

 後日、新聞社へ足を運んだジュリアンは、彼ら全員から口々に歓待され、果ては抱擁まですることになった。


 ヴィクターは、そんな彼についに一言もかけてこず、遠巻きにジロリと恨めしそうな視線を送ってきただけだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ