13.
カーーン、カーンン…
金属のような乾いた音が、あたりに反響している。
巨大な岩壁の途中を、小さな《《点》》がゆっくりと移動している。
リサがぶら下がっていた。ザイルの先にドローンをつり下げたまま。
ここまでつないでくれた相棒を連れていく。ほぼ無意識の行動。
普通なら、空いたお菓子の袋でもすぐにリサイクルし、ほんの少しでも荷を軽くする。
状況からしても、褒められた行動ではない。
彼女にとって、ドローンは利便性だけでなく、孤独に寄り添ってくれた《《大切な友人》》なのかもしれない。
時折、岩壁がズズン……と振動し、横殴りの雪が視界を奪う。
顔中にざらつく雪がビシビシと張り付き、刺すように痛い。
わずかに残る体力と気力も削り取られていく。
ドドーーー……ン!
ほんの十数分前にリサが歩いて横切った場所___雪に覆い隠された狭い岩棚が、ごっそり崩れ落ちた。垂直な斜面を雪の塊がいくつもなだれ落ち、壊れたのだ。
幸か不幸か、そのことに気づく余裕もない。
「ウッ……、 アアッ!」
顔をゆがませ、ゼイゼイと苦しい呼吸をしつつも、リサはゆっくりと1歩ずつ登る動きを止めなかった。
そうして何時間かかったか分からない。
唐突に、シン……と静寂が訪れた。
リサは___細めていた目を開けた。
岩壁の振動は収束し、吹き付ける風も止んだ。
自分の他に生物は存在しない。ほんとうの静けさ。
あと も すこし…
残るわずかな力を手足にこめて、彼女は頂へと近づいていく。
「……!」
氷に、アイスアックスがしっかりと固定される音。
両手と片足の力で、自重を引き上げる。
セルヌの頂。
___初めてみる光景。
ここまで深い紺色の空を、見たことがない。
白い太陽光が鋭く照り付け、落ちる影が大きく、黒々としてみえる。
あったか い……?
気温はマイナス20度を上回らないはずなのに、強い日差しが体感温度を引き上げる。
見渡すと、この場所にも傾斜がある。
リサはザイルをたぐって動かないドローンを引き上げ、大切そうに抱える。
そして、より高い方へと吸い寄せられるように歩いた。
眼下は……白い雲に覆われていた。
山頂だけが、その上に突き出している。
遠くの峰がいくつも、白い海から顔を出していた。
「 ………… 」
自分がとても小さな存在になった、と思う。
ドサッと座り込むリサ。
背負い続けてきた重みを、一時だけ忘れられた。
このまま、すべて手放してしまおうか……?
ドローンのランプが一瞬キラリと光った。
それは、光の反射だっただろうか___
_____________
「……サ。ねえ、リーーサ!」
「うーん…」
「今日、仕事なんでしょ」
「…もう少しだけ寝かせてよ」
時計を見る。___まだ、起きる時間じゃない。
苦情を言おうと辺りを見回すが、イネスの姿はなかった。
リン… チリン……
「___!!」
ベルの音でハッとした。
リサは、頂上で座ったまま意識をなくしていたようだ。
さらさら、と顔に吹き付けるパウダースノー。
髪にも降り積もり、手足の感覚がほとんどない。
立てる、だろうか___?
バックパックに取り付けてあるトレッキングポールのことを思い出した。震える手で取り外す。目の前で自動で組みあがったものを、支えにした。
「…………」
あの眩しかった太陽は隠れているが、辺りはまだ明るい。
まだ、遅くない。
そう語りかけられた気がした。
ザイルでの降下のため、ピトンを固定できる場所を探すが、脆弱な氷は次々に崩れ落ちる。
黒い岩肌は硬すぎた。
ピトンをいくつか破損し、やむなくリサは来た時と同じく岩肌伝いに降り始める。
命綱も正常な意識もない。危険な選択……。
_____________
「アイツ、まだいるな……」
ブラムは小さくぼやいた。
先日から滞在している人物の荷物がそのままだ、ということに気づいたらしい。
拠点には姿がない。
けれど、そう遠くには行っていないだろう。
やれやれ。ブラムはため息をつき、この時期に移動してくる高地ヤギや鳥の様子を見に行こうと道具を手に取った。
「ここだったか」
拠点にほど近い場所に、その人物はいた。
呼びかけられた人物は、すぐにブラムに向き直りにこりと笑う。
「本当にすみません、何から何までお世話になって」
「……いいや。アンタは俺の話し相手になってくれる。
それに料理もうまい。気にすることなんかない」
「はは、そう言って貰えると気が楽になるなぁ」




