12.
ビュオオオオー!!
豪風に見舞われ、とっさに目をかたく瞑る。
アイスフォールと岩の壁を登り切った瞬間だった。
そこからは再び、傾斜を歩いていく。
道幅が、狭い。ここでバランスを崩し、落ちたら軽いケガでは済まないだろう。
ただ、今のリサにはそれを予測する思考力が抜け落ちている。
クライマーとしての経験と本能が、最後の障壁になっていた。
ガッ……!
ニブい音。イヤな予感がしながら振り向くと、やや離れた後方にドローンが横倒れのまま動かなくなっている。
「 ……そんな」
歩いて引き返し、抱え上げようとするが___重たい。
いつもの数倍は重たく感じられる。
リサはよろけ、ドローンを取り落とす。
ガシャ ッ
「……うごいて よ、 」
リサは顔を覆い、その場に立ち尽くした。
_____________
ズズ…… ズ……
重たい足取りで、雪に覆われた斜面をリサは歩いていく。
腰に付けたザイルの先には、ピクリとも動かないドローンがつながれている。
さきほどまでとうって変わり、シンと静か。
けれど、辺りはすでに暗い。
蛇行を繰り返す細い岩棚を歩き、身長ほどもある段差を数回乗り越えたところで、ビバークできそうな場所に気づいた。
リリン……!と、トレッキングベルの音。
『お願い無理しないで、ね?リサ』
イネスの優しいかすれ声が聞こえた気がした。
リサは、無言で向きを変えた。
吹雪をしのげる場所は、おそらくここが最期。
テントを設営。___倒れこむように意識をなくした。
____________
登頂?日目 ?時
ピピ!
「…………」
ハッとした。ドローンだ。
(もどって きたんだ ね)
リサは目を細め、しばらくの間相棒を見つめていた。
飲み物を温め直し、補給をして外へ出る。
テントの中でも確認したけれど、携帯機器のほうは壊れている。
マイナス20度以下という環境にやられたのか。
時刻と、天気の予報は分からないが……。
物資の面でも、機会は1度きりだろう。
ただ、登るべき岩壁も残すは最後。リカは歩きだした。
「 …………………… 」
アイスフォールとかすかにきらめく岩肌。
切り立つ岩壁は20メートルはある。
これまでのものと比べても厳しいことが見て取れる。
また、雪崩が起きるかもしれない。
しかし登るしかない。
リサはグッと手を握りこみ、少しでも感覚を取り戻そうとする。
それから氷の造形を掴んだ。
「 ハア、ハアッ……! !」
1つの動作ごとに呼吸が苦しくなり、頭が締め付けられるようだ。
恐怖も襲ってきたのか、3メートルに届かないところでピトンを設置した。
___もう、 みすは できない
氷は透明で、無数の亀裂を内包している。
ライトを当てると、奥で青い光がゆっくり揺れた。
氷はアイスアックスを跳ね返すほど硬く、または脆かった。
見た目では固定できる箇所が分からない。
リサは何度もアイスアックスを入れ直し、崩れ落ちない氷を探す。
腕の力を急激に消耗する。
ただ、足場にはさほど不自由しない。
慎重に選びすぎて時間を浪費しないようにすべきかもしれない。
問題は___この身体で、果たして登り切れるのか?ということだ。
両手は傷つき、これ以上ないほどボロボロで、4重にしていたはずの手袋が、いつしか2重になっている。これではつねに凍傷の危険が付きまとう。
テーピングも使い果たし、応急処置もできない。
足は誰のものだろうかというほど重く、動きも緩慢だ。
さらに、這い上がっても這い上がってもセルヌの頂は遥か頭上に思える。
そして、恐れは現実になった。
ドローンが再び停止した。浮力を失い岩壁に取りついたまま、動かない。
_______
落胆と混乱が、リサのなかを駆け巡っていた。
___________
同じ頃。
セルヌ山頂付近に最も近い拠点にて。
幽霊でも見たかのようにギクリとした顔で、ブラムは固まっていた。
この2日、天候の荒れる様子はない。
___ただし、あの日の雪崩が気にかかる。
普通はあっけなく滑落してしまう。
もしかすると、俺が見逃しているだけであの若い女性クライマー、今頃はもう……。
どうにも眠りが浅く、落ち着かなかった。
拠点を出て付近の見回りをしていたのだが……。
彼の目の前に立つこの人間、どこか異質だった。
「あ、あの……!」
呼びかけられて、思わず身構える。
そうだ、目だ。目が、死んでない。
ここへ来るヤツはたいてい寝不足が張り付いたような顔で、唇も乾ききっている。
フラついた足取りで立っているのがやっとのヤツとか。
口数が少ないか、誰かれ捕まえて悪態ついてるか、異様に《《ハイ》》か。
こんな風に《《普通に》》しゃべることじたい珍しい。
それに…………さらなる興味を覚えながら、ブラムはその人物に相対していた。
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