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治癒術師の非日常─辺境の治癒術師と異世界の魔術師による運命物語─  作者: 物部 妖狐
第一章 【日常から非日常へ】

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第29話 怒らせてしまったのかもしれない

 目を覚まして部屋から出ると、ドアの前に立っているダートと目が合った。


(……もしかして、起こしに来てくれたのかな)


 休みの日はいつも、起きるまで寝かせてくれるのに珍しい。

そう思いながらダートを見ると、頬を赤くしながら口を動かして、何も言わずに足早に歩き去ってしまう。


(もしかして、怒らせるようなことをしてしまった……とか?)


 色々と理由を考えてみるけど、思い当たる節がない。

これはどうしたものかと悩みながら廊下を進んでいると、リビングの方から声が聞こえてくる。


(盗み聞きするようで悪いけど、こればっかりはしょうがない……か)


 そう思いながら、リビングの扉越しに耳をすます。


「——ねぇ、コーちゃん、私……レースの顔をまともに見れなくなっちゃった」

「おんやぁ? ずいぶんと可愛いことをいうなぁ……もしかして、うちがこの前言ったことを意識しちゃってるん?」

「……う、うん」


 ぼくの顔をまともに見られなくなった……だなんて。


(そこまでダートを怒らせていたなんて、思ってもいなかった……)


 こういう時は、ぼくから謝った方が良いとは思う。

けど……原因が分からないのに、とりあえずの言葉だけを伝えるのは……違う気がする。


(少なくとも……ぼくが逆の立場だったら嫌だ)


 原因が分からないなら、ちゃんと話して探すしかない。


「おはようダート、コルク」

「え? あ……あの、お、おはよう」


 勇気を出してリビングの扉を開けて、朝の挨拶をするけど……やっぱりダートの様子がぎこちない。

まるで無理をしているかのようにたどたどしくて、どう接すればいいのかわからなくなりそうだ。


「おぉ、レースおっはよー! 昨晩はダーとお楽しみさせてもらったよー」

「コ、コーちゃん!? えっとこれは違うの! 起きたらコーちゃんが隣で寝てただけで……何もやましいことなんてなかったから!」

「おんやぁ? ダー……やましいことってなんなん?」

「も、もうっ! ……と、とりあえずレース? 朝ご飯……で、できてるから、早めに食べて……ね?」


 さっきまで顔を赤くして怒っているように見えたのに、今度は急に慌てだして、足早に自室へと戻ってしまう。


(……本当にぼくは、何をしてしまったんだ?)


 そんなぼくたちのやり取りを面白そうに見ていたコルクが、いたずらを思い付いた子供のような笑みを浮かべて、こちらを見る。


「ふふっ、ダーはかわいい子やねぇ。レースもそう思うやろ?」

「えっと、ダートはいったい……どうしたの?」 


 ぼくの反応を楽しむかのようにコルクが目を細めるけど、ここで彼女の思うように動いたら、散々弄られてめんどくさくなる。

だから、何があったのか聞いてはみたけれど……。


「んー? なぁんもしーらない。うちに聞くんじゃなくて、レースがダーのために自分で考えなきゃ……ダメやん?」


 こちらの質問をはぐらかされたうえに、考えろと言われるのは……さすがに理不尽だと思う。

それに……ぼくが考えることが、ダートのためになるって言われても、そもそも原因が分からないのに答えを出すなんて……どうやっても、無理だ。

 

「ただまぁ……そうやねぇ。あんたはさ、興味がない相手だと名前や顔を覚えようとしないし、感情を理解しようともしないやん?」

「……コルク?」

「うちはさ、レースのそういうとこも含めて、あんただと思ってるから否定はしないけどさ。相手の気持ちまで置き去りにしないで……もっと身近な人に関心を持った方がいいって思うよ?」


 そういえば……以前、ダートにも同じようなことを言われたような気がする。


「ほら、ダーにも同じこと言われたことあるんやないの?」

「けど……あれは、暗示の魔術を使った状態のダートで——」

「だぁもう! あれこれ言い訳せんの。そういうのはあんたの株を自分で下げることになるし、ダーが自分に暗示を掛けてようが、掛けてなかろうが……本質はダーのままなんだよ?」

「それくらいぼくだって……わかってるよ」

「いんや、わかってないね。あんたさ……もっとダーの事をちゃんと見てあげた方がええよ? ちゃんと相手の仕草や、話し方を見て……あんたに対して、どういう感情を抱いているのか考えてみぃ。じゃないと、あんな良い子があんたの側に来てくれたのに……あの子がかわいそうだよ」


 つまりコルクが言いたいのは、言い訳をしないで、ダートのことをもっと理解する努力をしろってことだろうか。


(……自分ではやっているはずだけど、いざ考えてみると難しいな)


 そう思いながら、コルクが運んで来てくれた朝食を口に運び、ダートのことを考えてみる。


「あぁ……もう、ダメやね。軽くヒントを出すつもりだったのに、がっつり口に出してしもうたわぁ」


 これは確かパケットサンドって言ったっけ。パンの程よい硬さに鶏肉の柔らかい食感。

野菜のシャキシャキ感が、気持ちを少しだけ楽にしてくれる。


「あんた……はぁ、本当にそこんとこブレないね。嬉しそうな顔して食べてる姿を見てたら、なぁんか余計なお節介をしてしまったような気がして、うちは疲れて来たよ」

「ん? あ……いや、食べながらぼくなりに考えてみようかなって、思ってさ」

「……ならいいけど。しっかしまぁ、あんた……見事なまでに胃袋掴まれてるんやねぇ」


 確かに最近は彼女が作ってくれる食事が美味しいから、できれば毎日でも食べたいとは思っている。

けど、それと胃袋を掴まれているのは……たぶん、違うはずだ。


「自覚無し……か。まぁ、外野のコルクお姉ちゃんが言い過ぎるのも良くないし、あんたらは二人のやり方で進めばええんちゃう?」


 対面の椅子に腰かけ、呆れ交じりに笑うコルクに、どう反応すればいいのかわからない。


(……言われなくても、そうするつもりではいるよ)


 結局ぼくは、そう思うだけで何も言えないまま……ダートが作ってくれた朝食を静かに食べ終えた。

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