第28話 長い一日の終わり
急いで傷を塞ぎ、長杖を勢いよく振り回してコルクに当てようとしたけど、後ろに下がられただけであっさり躱されてしまう。
「……戦場では、事前の準備を怠ったバカか、あんたみたいに危機感のない奴から早死にするんよ」
「だ、だからって、いきなり攻撃してくるのは……違うと思う」
「バカなことを言わんといてくれる? うちは斥候だし、治癒術師のあんたに危機感を叩き込むなら、これくらい必要なんよ」
とはいうけど、実際に戦いの場に立って、危機感なんて持たない人がいるのだろうか。
「わかってないみたいだけど、冒険者には治癒術師が少ないからね。少しでも油断したら……すぐに人は死ぬんよ」
「それなら、安全な場所に行ってから応急処置をすればいいんじゃないかな」
「安全な場所に連れていくまで、足手まといになった仲間を抱えて戦うなんてしたら、それこそ全滅するわ」
確かにそうかもしれないけど、仲間を最後まで助けるのは当然だ……と思う。
(……それで、全滅するようなことがあったら?)
もしかしたら……ぼくのこの考えは、戦場ではきれいごとかもしれない。
「……どうやらわかったみたいやね。あんたはそうやって、物事をよく考えて理解する能力は高いけど、経験が足りなさすぎるんよ」
「けど、ぼくはそれでも……」
「言わなくても分かってるから安心しぃ。どうせあんたのことだから、頭の中でダーを一人にしなければよかったとか、死人使いを生かして欲しいって言ったことを後悔して、頭の中がぐーるぐるってしとるんやろ?」
本当にコルクは人のことをよく見てる。
長い付き合いなこともあって、彼女のこういうところは尊敬してるし、頭が上がらない。
「どうせ……うちに戦い方を教えて欲しいっていうのも、強ければダーを守れたのにとか、そんな感じで自分の弱さが嫌になった……とかやろ?」
ぼくの考えを分かってくれているから、こうやって茶化しながらも付き合ってくれているのだろう。
「けどな……悪いけど、うちがわかる範囲だと、あんたには近接戦闘の才能は無いんよ」
「……人の首を切っただけで、わかったりするんだ?」
「何回か、わざと足音を立てたりしたのに気づかなかったやん? その鈍感さは近接としては……致命的なんよ」
「じゃあ……どうしたらいいかな」
「そんなん、あんたは魔力は人並み以上にあるんだから、魔術を使ったらええんやない? ほら……あの化け物の弟子なんやし、いけるでしょ」
魔術を使えって言われても、ぼくができるのは……せいぜい雪を降らせるくらいだ。
そんなもので、本当に戦えるようになるのだろうか……。
「ほら、あんたの闇属性の雪も、自然の雪と同じで固まれば結構滑るやろ? 転んで体勢崩したら、それだけでも十分危ないんよ」
「たしかに危ないとは思うけど……転ばせるだけじゃ、相手が直ぐに起き上がってしまうんじゃないかな」
「まったく……何を言ってるんだかねぇ。コルクお姉ちゃん困るわぁ。転んだ相手を雪で固めて、長杖を相手に突き刺したり、治癒術の応用で内側から解体するとか、色々できると思うけど?」
コルクの言う通りにできたら凄いとは思うけど、実際にその通りにできるのかと言われたら、イメージが湧かない。
魔術は治癒術とは違って、物事の理解の仕方そのものが違う学問だ。
現象を起こすのに必要な原理が分からない限りは、使いこなすことが難しい。
それに……
「それができたら凄いとは思うけど、ぼくの近くには……魔術を教えてくれる人がいないよ」
「あんたねぇ、何言うとんの? ダーがおるやん。かわいい未来の嫁さんに頭を下げて教えてもらえばいいんじゃないの?」
「嫁さんって……ぼくとダートは、そんな関係じゃ……」
「いやぁ、羨ましいわぁ。かわいい年下の女の子と一つ屋根の下で、魔術を教えてもらえるなんてなぁ? お姉ちゃん羨ましくて嫉妬してまうわぁ」
彼女でもなければ、未来の奥さんでもないのに……面白がってふざけるのはやめてほしい。
変に意識しすぎて、ダートの顔を見れなくなりそうで嫌だ。
(それに、コルクに言われてしまったからこそ、ダートがぼくに向けてくる気持ちをまだ……はっきり考えたくない)
けど、そういうことは一旦置いておくとしても、たしかにダートに教えてもらうのはありかもしれない。
言い方は悪いかもしれないけど、Aランク冒険者の魔術師がいるのだから、頼ったほうがいい気がする。
彼女を利用しているような気がして、少しだけ胸が痛むけど……きっとわかってくれるはずだ。
「まぁ……とりあえず、考えがまとまったみたいやね」
「うん、えっとさ。色々と手間を掛けさせてごめん」
「ん? まぁ、えぇんよ。別に迷惑だなんて思っとらんし。……それよりもコルクお姉ちゃん……だいぶねむぅなって来たから、今日はダーにくっついて寝るわ。んじゃ、また明日」
手を振っていたコルクの姿が、透明な水へと変わって地面に落ち、そのまま吸い込まれるように消えていく。
(……いつの間に、分身と入れ替わったんだ?)
そう思いつつ家に入って、リビングで二人を起こさないよう静かに遅い夕食を食べた。
(美味しかった……けど、これがダートが作ってくれたものなら……もっと美味しい気がする)
そんなことを考えているうちに、長い一日が終わった。




