第26話 禁忌の治癒術
「なんかもう、今日はすっごい疲れたわぁ……帰るのもしんどいから、今日はあんたらの家に泊まらせてもらうかな」
「……別にいいけど」
「そんな嫌そうな顔せんでもええって、それとも何?二人の愛の巣にうちが入るのがいやなんか?」
「疲れてるなら、そういう反応に困る冗談は止めなよ」
「まぁ……うん、せやねぇ。けどレースさぁ、ダーに暗示の魔術を使わせないように凄い頑張ってたやん? お姉ちゃん見直したよ」
さっきまであんなに疲れていたはずなのに、話しているとあっという間に家に着いてしまうもので、少しだけ不思議な気持ちになる。
「着いたし勝手にあがらせてもらうよ。いやぁ……やぁっと休めるわぁ」
ぼくの返事を待たずに、コルクが家に入り
「ダー! あんたの大好きなレースが帰ってきたぞー!」
と叫ぶけど……返事が返ってこない。
(……おかしいな)
家の中は静かで、不気味なくらい物音がしなかった。
もしかして、目を覚ましたルードに何かされたのかもしれない。
「レース早く来い! ダートがヤバい!」
コルクの切羽詰まった声が響いた瞬間、ぼくは我を忘れて中へ駆け込んだ。
「……な、え?」
——いったい何が起きたのか、理解が追い付かない。
どうしてダートが血だまりに沈んで、ぴくりとも動かなくなっているのか。
(あいつが、あの子供がやったのか?)
周囲を見渡してもあの子の姿がない。
「……ぼくの考えが甘かったのかな」
指名手配されている相手に情を持たなければ、ダートが傷つくことはなかった。
そう思うと心の中に暗い感情が芽生えて、影を落としていく。
(まだ近くにいるなら、今すぐにでも追いかけて殺してしまいたい)
そんな感情に襲われて、我を失いかけた時だった。
コルクがぼくの顔をはたき、両手で肩を掴む。
「ボケっとすんなバカっ! 早く治癒術を使え!」
「……わ、わかった」
ハッと我に返ると、急いでダートに長杖の先端を当て、治癒術を使い魔力の波長を合わせていく。
(大丈夫、まだ……生きてる!)
けど、外部からの強い衝撃を受けたようで、内臓が損傷しひどい出血を起こしている。
それに頭も打っているようで、頭部からの出血がひどい。
幸い、脳に影響はないみたいだけど……処置が遅れたら、いつ死んでもおかしくない状態だ。
(頭の傷は塞いだけど……)
折れた骨が内臓を貫通している。
さすがにこれでは損傷がひどすぎて、一般的な治癒術では……すぐには治しきれない。
けど、ぼくならできる。
「コルク、今からぼくが使う……禁術を見なかったことにしてほしい」
「いいから、気にせんとやれ! ここにはあんたの秘密を知ってるうちしかおらん!」
意識を集中し、細胞の成長を促して、損傷した内臓と折れた骨を元の形へと作り替えていく。
それと同時に、体内に溜まっていた血液を血管へ戻し、失ったぶんはぼくの魔力を変換して補う。
(——頭がくらくらする。けど、これでダートの身体は元に戻った……後は意識さえ戻れば)
ダートの浅い呼吸が、徐々に落ち着きを取り戻していく。
「……あいかわらず、凄い術だね」
「だから口止めしたんだ」
「二回も言わないでいいって。うちが周りに言いふらすような軽い女に見えるんか?」
「……ありがとう」
顔を青くして、今にも吐きそうに口元を押さえるコルクを見ると、悪いことをしたと思う。
いくら必要だったとはいえ、目の前でダートの身体が内側からうごめき、内臓や骨が作られていくところを見せられて、平静でいられる方がおかしい。
「ダートが目を覚ますまで、ぼくがそばにいるから……コルクは横になってなよ」
「うっさい、うちだって待てるわ」
無理に強がらなくてもいいのにとは思う。
けれど、あの様子を見る限り、コルクにとってダートはもう大事な仲間なんだろう。
(……なんだか、ぼくまで嬉しくなってくる)
ダートを抱き上げ、診療所のベッドへ静かに寝かせる。
「——うち、水取ってくるわ。あんた……ひどい顔しとるし、水でも飲んで少し落ち着きな」
「あ、あぁ……うん。ありがとう」
それからどれくらい経っただろうか。
気づけば、窓の外はすっかり夜になっていた。
ダートが目を覚ましたら、なんて声を掛ければいいのかわからない。
(……こういうとき、何か気の利いた言葉を言えればいいのに)
それからしばらくして、外がすっかり静まり返ったころ、ダートが目を覚ました。
「君を助けることができて良かった……」
そう口にした途端、さっきまで頭の中で考えていた言葉がすべて吹き飛んで、気がつけばダートを強く抱きしめていた。
近くにコルクがいても関係ない、今はただ……彼女が無事に目を覚ましてくれたことが、ただただ心の底から嬉しい。
「ごめん……なさい。わたし、ルードくんを逃がしちゃった……それに、それに!」
耳元で泣きながら謝り続けるダートを慰めるように、優しく頭を撫でる。
(ダートを一人にしなければ、傷つくことはなかった)
ぼくが、ルードを生かして欲しいと言わなければこうならなかった。
今よりも強ければ、彼女を傷つけた何者かを倒すことができたかもしれない。
(ぼくは……強くなりたい)
——ぼくはもう、戦うことが苦手な無力な治癒術師ではいられない。




