第24話 診療所にて…… ダート視点
診療所に着くと、死人使いをベッドの上にそっと寝かせる。
(私と同じAランク冒険者なのに、凄い幼い……)
分かってはいたけど、背負った時に感じた軽さに驚きが隠せない。
いったいどうしたら、ここまでやせ細ってしまうのだろうか。
指名手配されるほどの罪を犯してまで、この子は何をしようとしたのか。
(レースはどうして、この子を助けようと思ったのかな)
男の子——ルード・フェレスのことを見つめながら、レースがとった行動の意味を考えてみる。
けど、私には彼が何を考えて、あんなことをしたのかわからない。
(しばらくは目を覚まさないとは思うけど……)
この子が起きるまでのあいだに何かできることはないかと考える。
でも、私に何をしてあげられるのかもわからなかった。
(暗示の魔術を使って、もう一人の私に変わればこうやって悩むことはないんだろうな)
そう思ってしまうけど、レースとコーちゃんに使ってほしくないって言われてるから、二人を悲しませるようなことはしたくない。
大切な人たちを裏切りたくないから——
「でも……この前、コーちゃんからあんなこと言われるなんて思わなかったかも」
無意識にレースを目で追ってしまったり、一緒にいると安心できたり、誰かと一緒にいるのを見ると胸がチクっと痛んだりする。
それだけじゃなくて、気がつけば彼の仕草を真似してしまうこともある。
そのことをコーちゃんに相談した時、
「それが恋をするってことなんよ」
と言われた。
けど、今の私にはまだ、それがどういうものなのかわからない。
たぶん、レースのことが気になってるとは思う。
でも、今まで誰かに思いを寄せたことがないから、自分の気持ちに答えを出すことができない。
「……とりあえず、起きたらすぐに飲めるように、水を用意してあげた方がいいよね」
診療所からリビングに入ると、食器棚からコップを取り出す。
それから水を生み出す魔導具にかざすと、澄んだ水が静かに注がれていく。
「目を覚ましたら、同じ魔術師という共通の話題で、安心させてあげようかな」
そう思いながら診療所に戻ると、ベッドの近くに椅子を運んで腰を下ろす。
それから、水の入ったコップをそばに置いて、小さく息を吐く。
(けど、私は死霊術には詳しくないし、どんな話をすればいいのかな)
目を覚ましたら、ここから逃げ出そうと暴れるかもしれない。
一応、この子の腕には魔術を封じる魔導具がつけられているから、大丈夫だとは思う。
でも、もしかしたらを考えると、弱りきった子供だってわかっていても、少しだけ怖い。
「——んん、あ、あれ?」
「あ、お……起きた?」
目を覚ましたルードが、うつろな目をこちらに向ける。
「こ、ここってどこ? ねぇ、ぼくのお父さんとお母さんは?」
あの異形の存在へと成り果てた継ぎ接ぎのアンデッド。
どうして、この子の両親があんな姿になってしまったのか気になる。
けど——
「なんで……どうして喚び出せないの?」
「ごめんねルードくん。あなたのお父さんとお母さんには、今は会わせることができないの」
「なんで? どうして会えないの? やっと一緒にいられるようになったのに……」
一緒にいられるようになったって、どういうことだろう。
死霊術で蘇らせて、操っていたはずなのに……今の言い方だと、まるであの継ぎ接ぎのアンデッドが自分の意思でルードのそばにいてくれたみたいに感じる。
「なんで? マスカレイドに協力したら、過去からお父さんとお母さんを連れてきてくれるって約束したのに、やっと一緒になれたのに……」
「ルードくん、落ち着いて……ね? 過去からってどういうことか教えてくれる?」
「——うん。なんかね、異世界に行く扉を開ける実験をしてる時に、過去とか未来とか……そういうところに繋がるやつも見つかったんだって。ぼくが協力するって約束したら、ありがとうって……それで、連れてきてくれたんだ」
異世界に行く扉を開ける実験。
それって……もしかして、私がこの世界に来るきっかけになった、あの時のこと……?
「でも……お父さんとお母さんの身体、バラバラだったから……こうやって一つにしたの。そしたら、ずっとずぅっと傍にいてくれるでしょ? だって、大好きなんだから……」
「ルードくん、えっと……何を言ってるの?」
「わからない? ……うん、わからないよね。ぼくの家ね、死霊術を使う一族だったの。だから、みんなに気持ち悪いって言われて……殺されそうになって……その時に、お父さんとお母さん、死んじゃったんだ。ぼく、ひとりになっちゃって……そしたら、マスカレイドが来てくれたの。助けてくれたんだよ」
私の知っているマスカレイドは、この世界に迷い込んでしまった私を、カルディアさんと一緒に助けてくれて、この世界で生きるために暗示の魔術まで教えてくれた恩人だ。
でも、ルードの話を聞いていると、その認識がぐらぐらと揺らいでいく。
何が本当なのか、わからなくなりそうで、胸の奥が気持ち悪くなる。
「でね? その時にね、背中から真っ黒な蝙蝠の羽と、綺麗な白い鳥の羽が生えたお姉さんもいたんだよ? それでね。約束してくれたんだ」
「……約束って?」
「マスカレイドの言うことをちゃんと聞いて、いい子にしてれば、ずぅっとお父さんとお母さんと一緒にいられるって!」
ルードが楽しげに語るそのお姉さんが、もしかしたらマスカレイドの裏にいる相手なのかもしれない。
「それに、生き返らせてくれるって言ってくれたんだよ? だから、ぼくは頑張るんだ」
この子は、きっと騙されている。
だって、こんなふうに親を慕っているだけの子が、世界の禁忌に触れるような罪を、自分から望んで犯すとは思えない。
あの継ぎ接ぎだらけの異形のアンデッドへと成り果てた両親の姿を見れば、この考えが甘いことくらいわかっている。
それでも……その事実を信じたくない私がいた。
「……お姉ちゃん。静かだけど大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ? ただ……その、ルードくんの話が楽しくて、聞き入っちゃったの」
「ほんと? あっ、それでね? この森にいた理由なんだけど、この森の反対側にマーシェンスって国があるんだ。そこにぼくの仲間がいるから、道を作らせないように足止めしてたの」
マーシェンス。
私は魔導国家メセリーを出たことがないから詳しくはないけど、魔導具と蒸気機関が発達した五大国の一つだったはずだ。
それに……ルードの仲間がいるってことは、マスカレイドが今もそこに潜んでいるのかもしれない。
「——あっ! ごめんお姉ちゃん、迎えが来たみたい!」
「……え?」
ルードがベッドから飛び降りた瞬間、診療所のドアが勢いよく開いた。
「遅いよっ! ——お姉ちゃん!」
名前を言っているはずなのに、言葉が頭に入ってこない。
開かれた扉の向こうから、背中に真っ黒な蝙蝠の羽と綺麗な白い鳥の羽を生やした、儚げな少女が入ってくる。
(……目が離せない)
腰まで伸びた黄金色の長い髪が、開いた扉から差し込む光に照らされて神々しく輝き、視線を奪われる。
その姿を認識した瞬間、私の身体は見えない衝撃に叩きつけられ、壁に激突した。
あぁ……今の一撃だけで分かった。
今の私では到底、太刀打ちできないほどの格上だ。
「迎えに来ましたよ。ルーちゃん」
「ありがとう! じゃあぼくはもういくね? 次は——お姉ちゃんをぼくの死体コレクションに特別に入れてあげるから、ずっと友達になろうね!」
「ダメだよ?ダ——は、マスカ——のだから、ね?」
「そっかぁ、じゃあ……殺さなければいいよね? 残念だけど、また遊ぼうね!」
朦朧とする意識の中、言葉はもう途切れ途切れにしか聞こえない。
次の瞬間、再び見えない衝撃が背中を打ち、壁に叩きつけられる。
そこで——私の意識は完全に途切れた。
どれくらい意識を失っていたのだろうか。
次に目を覚ました時には、レースに抱きしめられていた。
「君を助けることができて良かった……」
耳元で消え入りそうなほど弱々しい声が聞こえて、近くにコーちゃんがいるのも忘れ、彼を力いっぱいに抱きしめ返し、謝ることしかできなかった。
私にもっと力があれば、こんなことにはならなかったのに……その無力さに、ただただ胸がひしがれた。




