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【完結済】神様のインタフェース  作者: 珠響夢色
結──英雄病の終着駅
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40──HANDSHAKE失敗

 裁判が終わりまた無機物で囲まれた牢屋に戻る。

 壁の一面が鉄格子で、他は石積み。半地下で、後ろの壁の上の方に、這っても通れないほど小さい大きさの、格子窓が付いている。

 外の廊下に灯された蝋燭と格子窓から入る月明かりだけが、暗闇をぼんやりと薄めている。

 冷たい床に体温を取られっぱなしになりながら、僕は寝転がっていた。

 日が昇れば自由だと言われた。

 そんなことを言われなくても、僕は自分の意思でこの牢屋から出ることができる。あんな茶番で何が変わるのか。

 多くを取りこぼしたことは変わらない。

 身の丈に合わなかったのだ。

 全部失って、薄っぺらな世界の真実だけが手元に残った。

 僕は死にたい。僕は死ぬのが怖い。僕の体は死ぬことを拒否している。

 僕は生きたいとは思わない。

 キャニーは存在を手放したい。

 これ以上生きても楽しいことはないだろうし、誰も僕の罪を奪ってはくれなかったし、何もやる気はないし。

 ここは静かだ。

 静かだけど、眠れない。

 何も考えたくない。

 心臓の音、呼吸が体を揺らしているのを感じる。虚無感に全部委ねていると、そういった微小な体の運動が、自分の全力のように思える。僕の体は生きている。

 心臓が一拍。時間が過ぎる。

 心臓が一拍。時間が過ぎる。

 心臓が一拍。時間が過ぎる。

 淡い蝋燭の灯りが揺れる。心臓が一拍。時間が過ぎる。

 外で虫が草を揺らす音がする。心臓が一拍。時間が過ぎる。

 体が揺れる。風が吹く。心臓が一拍。時間が過ぎる。

 羽虫が飛ぶ。心臓が一拍。時間が過ぎる。

 息を止める。心臓が一拍、一拍、一拍。時間が過ぎる。

 月明かりが揺れる。心臓が一拍。時間が過ぎる。

 また虫が飛ぶ。体が揺れる。心臓が一拍。時間が過ぎる。

 少し寒い。体が震える。心臓が一拍。時間が過ぎる。

 寝返りをうつ。月明かりが遠ざかる。心臓が一拍。時間が過ぎる。

 溜めた息を吐く。心臓が一拍。一拍。時間が過ぎる。

 建物から人が出ていく。時間が過ぎる。

 宿直当番の人間以外誰もいなくなる。時間が過ぎる。

 空の色が変わる。心臓が一拍。時間が過ぎる。

 脳が熱くなる。意識がぼやける。心臓が一拍。時間が過ぎる。

 頭の芯が冷めていく。みぞおちのあたりから、黒いものが脳天へ吹き上げるような感覚がする。時間が過ぎる。

 力んだり、横に向いて背中を丸めたり、目を閉じたり、時間が過ぎる。

 目を開けても閉じても頭の中が同じ調子になる。僕は苦しんでいる。自我を遠ざけて、僕は僕を見ている。時間が過ぎる。

 空が少し変わる。心臓が一拍。時間が過ぎる。

 意識が途切れていた気がする。時間が過ぎている。

 まだまだ夜のまま。心臓が一拍。時間が過ぎる。

 寝返りをうつのも面倒で、時間が過ぎる。

 全身がべといている。寝返りをうっても、常にどこかが押されているような違和感がある。時間が過ぎる。時間が過ぎる。時間が過ぎる。

 まだ夜が明けない。まだ、僕はここにいて、生きていて、時間が過ぎる。

 終わりが遠い。目を開ける。時間が過ぎる。

 床の石の組成を見る。構成要素の粒を数える。まだ遠い。心臓が一拍。時間が過ぎる。

 遠くを見ようとして、あまりの情報量にまた解離する。僕はずっと同じ場所でのたうち回っている。起きていることに、静かに耐えている。耐えている。時間が過ぎる。

 罪が見える。殺した。鉄格子から血のにおいがする。酷い夢だ。僕は眠っていない。心臓が一拍一拍一拍一拍一拍。時間が過ぎる。

 口の中が酸っぱい。吐瀉物と血のにおいがする。僕は口を開けていない。僕は寝ているまま。時間が過ぎる。

 明日のことが考えられない。時間が過ぎる。

 この場所を出るなんて考えられない。時間が過ぎる。

 将来のことも、やりたいことも、明日ここを出るということも、誰かが迎えにくるのかということも、考えられない。時間が過ぎる。

 考えられない。

 空の色が少し変わる。



 キャニーが釈放されるのは夜明けの後すぐの予定らしい。日中だと一目につくけれど、夜中だと行く先がないってことで、まだ通りに人があふれる前の朝の早い時間に解放される。

 だから、夜明け前にキャニーを引き取りに行く。

 実はわたしが行かなくても、キャニーは一人で出ていっていいらしんだけど、そんなのありえない。結局、キャニーのことを追いかけてここまで来たけど、全然救えなかった。プロフェッサーやエメリーやジャンゴやキャプや、色んな人がキャニーを捕まえて、裁判とかして助けてくれたけど、わたしはそれに乗っかっただけだ。

 最後にキャニーをもらうのはわたしなんだ。わたしじゃなきゃ駄目なんだ。他の誰かがもっとうまくやれるかもしれないけど、わたしがやりたい。

 準備は万端、覚悟も──、うん。大丈夫。

 毎日のように通ったのもあって、看守さんも事情を分かってくれている。何も言わずにキャニーの牢屋の鍵をくれた。

 こっからはわたしとキャニーの一対一だ。

 自分で自分を応援する。がんばれ大丈夫。

 全力でありったけをぶつけよう。

 いくよ!



 牢屋に続く入口の扉が開いた。オペラが来たのだ。

 焦り気味だけど、走ってもない、足音が近づく。

 僕は鉄格子に背を向ける。

 空の闇が薄らいでいた。

 暗闇に慣れた目には、これでも充分で、石造りの灰色が鮮明に見える。

 釈放の時間まではまだ少し早い。

 鍵が開く。

 それは唐突でもなく、静かで、僕の何をも変えはしない。



 相変わらず背を向けたままのキャニーなんて知らない。

 挨拶も言いたいことも、全部まずは捕まえてからだ。

 こんな鉄格子、きっと意味ない。

 何も言わずにキャニーに手を伸ばす。



 鉄格子が解放される。

 それでも無視を続ける。

 オペラが僕に近づいてくる。

 手を伸ばしている。

 僕の首を掴もうとする瞬間に、全身を軋ませながら奥の壁まで飛ぶ。飛び起きる。勢いが余って打撲するが、機能に支障ない。

 オペラと目が会う。



 キャニーと目が会う。

 そんな苦しそうな顔をしないで、耐えるような顔をしないで、抑えつけるような顔をしないで。

 諦めて、わたしに助けられなさい!



 オペラが距離を詰めてくる。

 どうして、そんな顔するんだ。

 憎んでくれたらいいじゃないか。

 僕はオペラの意図を見たくなくて、魔術を詠唱する。

 また、逃げるために。



 キャニーが詠唱を始める。

 やっぱり逃げるつもりだ。

「逃げるなー! ッ────!」

 叫んで魔術を破壊する。


 逃走用の魔術が破壊される。

 オペラが持っているあの力だ。自由に制御できるようになっていたんだな。

 でもそれだけじゃダメだ。

 並行で準備していた、手の印で発動させる魔術を完成させる。


 すぐさま次の手を打てないように、チョーカーを押し付ける。

 ジャンゴに用意してもらった、魔術を打ち消すための魔術具だ。


 コンパイラの起動が阻害される。

 現象に変換されるはずだった、手印(コード)が変換されない。

 これは、ジャンゴの人形にあった術式と同じ。

 効果範囲は狭いから、物理的に逃げればいい。

 オペラの足を蹴る。


 キャニーの足を飛んで回避。

 姿勢を崩して、そのまま突進になる。

 このまま押し倒しちゃえ。

 首に飛びついて、遠慮なしに体重を前へ。

 ついでに、チョーカーを留める。


 オペラの突進をくらう。

 後ろに、倒れる。

 体力が戻りきっていないのか、踏ん張りが効かない。


 キャニーが頭を打ちつけるけど気にしない。

 チョーカーを固定した後は、すぐに立ち上がって、キャニーの両肩を踏んづけて、動けないようにする。

「観念して!」


 オペラにマウントを取られる。

 魔術も使えなくなった。

 これ以上は、殺すつもりで……。

 いやできない。僕にこれ以上は。

 ああ、ここからだと、顔がよく見える。

「キャニー!」


 何を言うか分からなくなった。いや、違う、言うならこれしかない。

「大好き! 結婚しよ!」


 僕は何を言われた?

「どうして?」


 どうしてって聞かれても、難しい。

「好きだからじゃダメなの?」


 この期に及んで何を言っているんだ。オペラはおかしくなったのか。そんな場合じゃないだろ。

「やめてくれ。僕なんかを好きにならないでくれ」

 君は僕なんか忘れて、もっと頼りがいのあって、人を殺したりしない人を好きになればいい。

「もう、ほっといてくれ」

「それは無理だよ」

「なんで」

「キャニーにはわたしを幸せにする責任があります」

「その資格は僕にない」


 体は逃げられないと悟ったからか、今度は意識だけでも逃げようと、現実を遠くにやる。

 手を踏まれるのも他人事で、一歩引いた視野には、オペラを構成する世界の数式が見える。動くだけの肉人形。生きているのも死んでいるのも等しく現象なのだ。


 キャニーの目が濁って、わたしのことを見ていないみたいになる。

「資格だなんて関係ないこと言わないで! やっていいとか、やっちゃダメとかじゃないの! わたしはキャニーを助けたいし、キャニーはわたしを幸せにするの」

 そうだ、またできないとか、不幸にするとか、そうやってキャニーは逃げるんだ。わたしの気持ちなんてちっとも理解してくれない。バカなキャニー。だけど、わたしは、ちっとも引いてやったりしない。

「それはできない」

「できるできないじゃないの!」

「できない」


 もっと意識を奥の方へ、

 解離

 させる。


 後のことは考えない。

 オペラが諦めるまでそうしよう。


 もう、

 いいんだ。

 

 いいんだ。


 踏まれた腕が少しずつ痺れる。


「なんでできないの! 勝手に一人で決めて、分からないでしょ!」


「分かるよ」


「なんで!」


「僕はね神様のインタフェースを超えたんだ。僕の視界がどうなってるか、分からないだろう」


 そうだ、この方向だ。体がブレる、全部嘘っぱちだ。

 この気持ちも、オペラの気持ちも、全部嘘にすればいい。

 あの茶番だった裁判みたいに。


「じゃあ、キャニーは全部分かるって言うの!」

 本当に腹立たしい。ムカムカが止まらない。

 もっと、もっと、こっち見てよ。なんで一人で勝手に決めて、許せないよ。


「ああ全部分かる」


「何が分かるっていうのよ」


「言っても分からないだろうし、分からない方がいい」


 何を言ってるのか分からない。


「ふざけないで! 言わないとそれも分からないでしょ!」


「分かったらダメなんだ」


 前言撤回だ。

「ダメなことの何が悪いの! さっき幸せって言っちゃったけど、キャニーと一緒なら不幸になってもいい! 分かる!」


「理解できない」

「分からないじゃない」


 そういう話じゃない。こんな話をするはずじゃなかったのに。


 勢い任せて、胸ぐらを掴んだ。


 胸ぐらを掴まれた。


 頬が弾けるように痛い。熱い。


 顔が近い。


 口の中に自分以外の感触が侵入してくる。

 一度も開けたことのない、部分に風が通ったような、落ち着かない。


 口づけをして、勢いのまま舌をつっこんだ。


 ちょっと砂っぽくて、ざらざらしていて、噛みそうで、他人の臭いがして生臭くて、不味くて、ねちゃねちゃして、擦れ合って、こそばゆくて、ぞわぞわして、ぬるっとして、ちょっと痛かったりして。


 手を握る。

 人の温度がする。


 すぐ目の前にオペラがいて、吐息を感じる。思考が追いつかない。今キスされたよな。

 僕の人生で異性がこの距離にいたことなんて、母に看病されたとき以来だし、ましてや他人の唇や舌の感触なんて、想像もつかなかった。本に書いてるような、甘酸っぱいとか、分かりやすい味はなくて。生理的な衝撃と、相手からの強い介入感が僕を襲った。

 僕の手を握りながら、身を起こしたオペラは不味いって言いながらつばを吐いた。白く濁った液体に血が滲んでいた。

 そしてオペラは笑ってこんなことを言った。

「キャニー、好きだよ。キャニーはどう?」

「分からない……そんなこと言われたことないから」

「もう、前にも告白したのに、何も考えてなかったんだね」

「ここまでするなんて、思ってないし。それに、やっぱり僕はダメ人間だから」

 なんて返せばいいかなんて、分からない。やっぱり、まだ反対だ。

「ダメ人間だと、なんでダメなの?」

「それは君を不幸にするから、何回も君から逃げたから」

「不幸じゃないし、捕まえた。もう逃さないんだから」

 オペラが握り方を変えて、僕の指の間に指を絡める。自分の汚れでベタついてるし、砂っぽいし、指を絡めるほど汚れを擦り広げられてるみたいで、ちょっと不快だ。スベスベしてるわけでもないし、でも、温かった。

 また顔が近づいて、額がコツンと触れる。

「なぁオペラ。僕は生きてていいんだろうか」

「わたしは生きてて欲しいんだけど」

 話すたびに吐息が触れ合う。人間の臭いがする。

「僕は死ぬべきかもしれない」

「どうして?」

「たくさん人を殺してしまった」

「それは良くないね。コラッ」

「今からでも死んで償うべきじゃないか」

「生きて」

「なんで」

「生きててほしいから」

「それじゃ償えない」

「悪いままでもいいよ。でも、キャニーが償いたいなら、生きて償って」

「そんな勝手が許されるのか」

「いいんじゃない? 誰が許さないの?」

「分からない」

「キャニーが死ぬんだったら、わたしは許さないよ」

「生きてたら?」

「生きて、わたしのために生きてくれたら、許してあげる」

「オペラのために?」

「うん」

「僕は君から逃げた」

「もうそれは良いって」

「それに、ハックのことも忘れられないんだ」

「それは分かんないよ。でも、話してくれたら一緒に考える」

 グリグリと、頭と頭がこすれる。そのうち、オペラが頭を下げて、今度は首のあたりに顔を押し付けてくる。それで、勝手にそっちから密着してきたってのに、臭いだのなんだの文句をつけてくる。なら、離れればいいだろ。こっちはずっと牢屋にいたし、人と会う気なんてなかったんだ。

「なぁオペラ。そんなんでいいんだろうか。そんなんで生きていいんだろうか」

「もう、ちゃんと生きてよ。いっしょに生きて」

「分かんないんだよ。みんなはどうやってるんだ。僕は、信じられないかもしれないけど、神様のインタフェースっていう、この世界の全部が見られる場所に行ってきたんだ。でも、そこで分かったのは、この世界の全部が、人間も、全部コードに過ぎないってことだった。なのに、ハックは助けられないし。僕はもう何も分からなくなったんだ」

 こんな悩み誰も分からないかもしれない、もしかしたら、幼稚な悩みなのかもしれない。そして、そんなことから逃げるように、いつも目の前の問題から逃げるように生きてきた。それは、魔導書の力を手に入れてできることが増えても変わらなかった。

「そんなの分かんないよ」

「そうだよな」

 やっぱり、こんなに僕のことを思ってくれているオペラにだって、分からないよな。だからこの悩みは──。

「だから、さ、一緒に考えるって言ってるじゃん。キャニーはだんまりしすぎなんだよ。がんばって」

 がんばって、か。誰かに悩みを打ち明けることって、がんばることなのか。それは自分から、努力してやることなのか。いっそ悩みなんて見ないふりして、無いように振る舞う方がいいんじゃないか。そんな風に思う。

「キャニーはもう迷惑かけまくってるんだから、いいんだよ。いいから、わたしを信じられないの? これ以上手間をかけさせるなら、教育が必要だね」

 ずるずるとオペラの頭が下がってきて、押し付ける場所が胸から、お腹、太ももへと移動していく。これだと膝枕じゃないか。服に顔を擦りつけたせいで、オペラの顔が汚れてしまっている。

 繋いでいない方の手で、頭を軽く触ってみた。

「じゃあ、オペラは何を思って生きてるんだ?」

「最近はキャニーを捕まえることを考えて生きてたよ」

「それだけか?」

「今日のお祭りでどこに行こうかなとか」

「そうじゃなくて、もっと将来どうしようとか、そういう」

「キャニーのお嫁さんになるのは決まってる」

「勝手に決めるな」

「嫌よ。キャニーに拒否権なんてあると思ってるの?」

「なんだよ。コランの影響か?」

 いつのまにこんな強引なお姫様になったんだか。初めてあったときはあんなに小さくして、僕はオペラのこと助けてやるべき存在だとしか思ってなかった。誰かを助けられる英雄みたいなそんな風になるために、オペラを利用したんだ。そうとしか思ってなかったってのに。

「強くなったな」

「当たり前じゃない」

「それで、お嫁さん以外は何か決めてるのか?」

「キャニー次第かな。キャニーが働かないなら、冒険者で稼ごうかな」

「ぐ」

 なぜか僕がニートになる可能性まで考慮に入れられている。今のオペラにとって僕はなんだっていうんだ。いつの間にか関係が逆転している。

「そうじゃなくて、なんていったらいいかな。それだと、僕が死んだらどうするんだ」

「死んじゃやだよ」

 膝に乗せた頭が、こっちの側に向く。握る手に力がこもる。

「仮の話。仮にオペラの大事な人がみんな死んじゃったとして、それでも生きるか」

「悲しいし、寂しいけど……死にたくないよ。だから、生きてまた色んな人に会うんじゃないかな。もしかしたら、新しく恋人も見つけるかもしれない。キャニーはそうなったら嫉妬する?」

「はぁ。いつから、そんな話もするようになったんだ」

「わたし多分キャニーより恋愛経験あるよ。デートしたことあるし」

 えっ、あるの?! いつ、だれと、そいつは今どうしてるんだ。

「んん。とにかく、その。なんだ」

「もう、キャニーったら。安心して、その子は振ったから」

「そうじゃなくてだな」

「いいの。ごちゃごちゃ考えなくて。キャニーの悩みはやっぱり分からないけど、楽しいからいいの」

「いいのか? そんな適当で」

「わたしはそう思うよ。でも、もしそれでもモヤモヤするなら、話して」

「後回しにするのか」

「そう! そんなこと考えてる暇は今ないんだよ。一分一秒全力で生きないと。いい? 今日はお祭りなんだよ。お祭りのことは、お祭りの日にしか考えられないじゃん」

「そんなもんか」

「良い! わたしを信じて!」

 オペラは跳ねるように立ち上がって、振り向き、親指を立てる。気づけばすっかり日も昇っていたようで、格子窓の隙間から朝日が差し込んでいる。

 夜の寂しさ寒気はすっかり払われていて、なんなら少し暑いくらいだ。

 そんな光がオペラを照らして、笑顔をきらめかせる。

 僕はここで初めて立ち上がって、光の射す方へ足を進めた。

「さあ、準備してお祭りに行くよ」

 まだ、いいともなんとも言ってないんだけどな。まぁ伝わってるか。うん、流れに身を任せてもいいだろう。今日が終わってからでも、考えるのは遅くない。

「言っとくけどキャニー、キャニーがもっと拒否してたら、キャニーの名前を色んなところで盛大に盛り上げて、英雄にするっていうプランもあったんだよ」

 追い打ちをかけるように出てくる脅し文句に、僕は吹き出した。なんだそれ。絶対に嫌だと思うと同時に、僕のようなやつにしか効かないだろと思った。お手上げだ、そこまで対策されちゃ、どうしようもない。

 僕は観念した。

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