38──わたしの裁判前夜
キャニーを救おうの会、会長のオペラです。
キャニーが目を覚ましたのはいいんだけど、ほんとうに難攻不落です。朴念仁、鈍感、わたしをずっと拒絶してくるバカ、アホ、間抜け。
キャニーを救おうの会、会長のオペラです。
会長なのに恥ずかしいね。どうしたらいいか全然分からないの。
わたしの言葉は何も届かなくて、目の前にいるのに別の世界にいるみたいに遠かった。
「ああ、オペラさん。こんにちわ」
最近のわたしは、留置場の待合室にあるベンチに腰掛けて、ボーっと悩みながらキャニーの様子を聞いている。
「キャニーはどうですか?」
「分かりません。こちらの言葉を聞いているのかいないのか。愚息は昔からそうでした。怒られたりするまで、強い感情を出さない子でした。私は父親失格です」
お父さんにだってキャニーのことは全然分からない。家族でもダメなのか。
「昔のキャニーはどんな子どもだったんですか?」
「そうですね」
キャプは人一人の分の半分くらいの隙間を開けてベンチの隣に座った。
「恥ずかしながら、どう言ったものか。あの頃の私は仕事で要職に付いたばかりだったのと、上の愚息たちを教育するのに忙しく、キャニーとはあまり関わってやれなかったんですよ。どんなものが好きかとか、そういうことを知る機会もなく、今になってきました。ただ覚えているのは、私が厳しく接すると、山の方へ逃げ出してしまうということくらい」
「それ、キャニーっぽいです」
「そうなのですか? 聞き取りのとおりであれば、愚息は単独で教団のリーダーと戦ったと」
それは本当だと思う。わたしを救ってくれたことも本当だ。キャニーは遠くへ行くし、コランやジャンゴに勝てるくらい強い。
「分かんないですけど、キャニーはヘタレなんです」
「ほう」
「ヘタレだから、わたしのこと置いていっちゃうし、わたしを見て逃げちゃうし、でも、一人で戦って、どこまでも一人で行けちゃうんです」
そうだ。わたしにはできない。わたしは一人だったら、キャニーと出会わなかったら、教団から逃げることはできなかっただろうし、コランがいなければキャニーを探すたびに出られなかっただろう。
でもキャニーは、何かを失いたくなくて、今も一人でいるんだろう。一人でいようとしているんだろう。
「家族でもダメなんだったら、キャニーは誰も、いらないんじゃないのかな」
「うーむ。それは違います」
ゆっくりとしっかりと諭すみたいに言った。
「オペラさんは、ご両親のことが好きなのでしょう。でも、私はキャニーの父失格なのです。キャニーにとって父という肩書は、特別なものじゃないのです。だから、あなたがそれで二の足を踏む必要はありません。頼んでばかりで申し訳ないですが、愚息のこと、よろしくお願いします」
頼まれてなんて、そんなことはない。だって、キャニーを捕まえたのも、やりたいからやってるんだ。それでも、頼まれるなら──。
「何かお返ししてくれたらいいです。例えば、キャニーをわたしにくれるとか」
ずっと動かなかったキャプの表情が波打つ。
目をぱちくりして言う。
「はは。ふっ。もったいないくらいでしょう。オペラさんほどしっかりされた方にもらわれるなら、愚息も幸せだと思いますよ」
わたしは満面の笑みを作って見せつける。
そうだよね。まだ、キャニーをわたしの魅力でメロメロにするんだから。だから、今度は逃さない。大丈夫、まだ時間はあるんだから。
別の日、今日はプロフェッサーがキャニーを訪れた。
「プロフェッサー、キャニーと何を話したんですか?」
「ああオペラさん、それはね。ないしょ」
「えっ、教えてください!」
「しょうがないですね」
あっさり手のひらを返して、プロフェッサーはキャニーから聞き出したことを教えてくれる。やっぱりキャニーの師匠だね。推測混じりだったけど、『キャニーがハックという少女を求めていたこと、ハックはもう死んでいて、神様のインタフェースに死者復活の可能性があること、その向こうでハックに似た人がいてそのせいで、ハックは元に戻らないと分かってしまったこと』を教えてくれた。すごいね。
でも、そのハックという人がキャニーの元恋人とかだったら嫌だなぁ。その人の穴をわたしは埋められるだろうか。
その次の日はエメリーがやってきた。
エメリーによると、とうとうキャニーが自分で食べ物を食べたらしい。わたしはあのやつれた姿を思い出して、よかったと思った。少なくとも、生きたいって思ってくれたんだ。それがわたしじゃないのが、ちょっともにゃってするけど。でも、これで一歩前進だ。
「それで、キャニーとは話した?」
「話した……ってほどじゃないですよ。トレーを運んで、私から一方的に話しかけただけです。でも、ちゃんと話を聞いてくれました。昨日ソフィヤ先生が的確にキャニーさんの痛いところを責めたんでしょうね。それっぽい可能性をチラつかせて、釣ったんだと思います」
「それってキャニーのこといじめたってことじゃん!」
まさかプロフェッサーがそんなことをしていたなんて。昨日話したときは微塵もそんなことは思わなかったし、もっとさり気なく上手い聞き方で聞き出したのかと思っていた。そうと分かったら、今からでもプロフェッサーに一言言ってやらないと。
「待ってオペラちゃん。ソフィヤ先生なりの気遣いというか、あでも、あの人自分の得にならないことはやらない気がするけど、でも、実際いい方向には進んだから」
「エメリーはむかつかないの?」
「良くないとは思うけど。多分いっても丸め込まれるだけだと思います」
どうやら相手が悪いらしい。難しい。よく考えたら、キャニーの目的地が分かってキャニーを捕まえられたのも、プロフェッサーのおかげなんだよね。良いことはしてくれてるのか?
「考えるのやめた! キャニーに会いに行きます」
「あっ、そうですね。次は話してくれるかもですよ」
窓口の人に聞いたらキャニーはまた眠ってしまったらしいので、起きるのを待って牢屋に会いに行く。
「キャニー、キャニー」
キャニーは背中をこちらに向けて返事もせずに寝そべっていた。
「起きてるんでしょ!」
自分の声だけが響いた。
まだお話してくれないんだね。
「そうだ、キャニーにまだ話してなかったけどね、キャニーのおかげでお父さんお母さんも村のみんなも戻ってきたよ。ありがとう。キャニー」
ずっとだんまりだ。
「助けてもらったお礼がしたいから、ここから出たら、いっしょに村に行こうよ。前に見た時は更地だったけど、みんなで一生懸命木を切って家を建てたりしたんだよ。私が村を出てから時間も経ってるし、ほとんど村ができてるんじゃないかな。楽しみだね。ねぇ、キャニー、本当に起きてるの?」
まるで死んだ人みたい。
すごくすごく頑張って耳を澄ますと、呼吸してるのは分かる。でも、それだけだ。
「なんで話してくれないの。ねぇキャニー、キャニーのお父さんからキャニーのこともらってもいいってお墨付きをもらったんだから。キャニーはここから出たらわたしと、いっしょにいるんだよ」
何も反応がない。
「バカ! いい。釈放されるときはそっちに行くからね! 覚悟して!」
また別の日、今度はオキシがやってきた。
「キャニーぜんっぜん話してくれない」
「意地貼ってるだけですよ。私の親友も、あんまり人に助けを求められるタイプじゃなくて、一人で抱え込んでました」
「その人は……」
オキシは静かに首を左右に振る。
「今思えば、無理やりにでも手を伸ばすべきだったのかも。もっと断固として言ってあげられたらよかったのかもしれません」
「どうやったらいいかな」
「問答無用でやるしかないですよ。言っても聞かないなら、力づくで」
私もそれが出来たら──って一人呟くのを、わたしは聞き逃さなかった。キャニーの手を掴んで、離さないで。抱き寄せて……あとは?
「ねぇ、オキシはその、旦那さんにどうプロポーズされたの?」
「へ? そんな。ああいえ、真面目な質問ですよね。ええと、デートのときに強引にキスされて、初キスだったんですけど、うだうだしてたら逃げられそうだからって。壁ドンとかされて、責任取るからと」
「へーふーん」
それでそれで。
「満更でもないと言いますか、もう仕方ないなって感じで」
しどろもどろに、顔が赤くなりながら言う。かあいいね。
「仕方ないって感じだったの?」
「ええ、逃がしてくれなさそうでした。そうですね。実際いつでも、関係が切れるように、言い訳を用意してたんだと思います。また一人に戻っても良いように。だから、言い訳できないなって悟ったら覚悟が決まったと言いますか」
押して押して押すしかないってことか。
「参考になったよ」
多分、キャニーを(物理的に)捕まえるには、やっぱり牢屋を出るときがチャンスだね。それは、キャプにお願いするとして、具体的にどう捕まえるか、説得しようか。キャニーはわたしの知らない魔術を使うし、そのままだと逃げられちゃうかも。
作戦を練る必要があるね。
もしそれでキャニーがまだ受け入れてくれないとか、そんなこともあるかもだけど、それはその時考えればいいのだ。
キャニーを首ったけ作戦(仮)、目標はキャニーを物理的に拘束して問答無用でわたしに振り向かせ、その上で生きたくなるような状況に追い込むのだ。
重要なのは、押しの強さとラブ。
作戦司令部は警察省の留置所の待合室。そこのベンチで、日夜キャニーの情報をキャッチアップしつつ作戦を練っている。
今日は神父さんが来た。
「こんにちは神父さん。キャニーの様子はどうでした?」
キャニーは今日も憂鬱らしい。
「キャニーさんは罰してもらいたがってるようでした。彼にとって、人を殺してしまったのがそれだけ重かったのでしょうが、私やオペラさんからしたら、彼は英雄ですよね」
「ですです。キャニーはわたしを助けてくれた」
「まぁそれはこっちの味方なんです。あの人を心から説得するんでしたら、別の方向から攻める必要があるでしょうね」
「というと」
「見たところ、責任を追いたくないというか、これ以上背負いたくないとか、自分一人が苦しめばそれで済むとかそういうタイプだと思うんですよ。だから、褒めるのは逆効果というか、むしろ、こっちにこないと、勝手に英雄として祭り上げるぞという方が効くんじゃないかと思いましたね」
なに。そっか、そうなのか。
そうだよね。キャニーが人気者の英雄でみんなが知るようになったら、どこに行っても目立つもんね。
「実際の功績だけじゃなくて、自分がやってないことで、しかもそれが偉業という風になれば、逆に居てもたっても居られなくなるんじゃないでしょうか」
わたしと一緒に来ないと、そうなるって脅しをかければいいのかな。そしたら、すぐには逃げられなくなる。
「じゃあ、逆にわたしのものになったら、一切キャニーのことは広めないって言えばいいのかな。独り占めしちゃうってこと?」
きゃー。
そんなことしていいのかしら。
でも、キャニーがその気ならそうするしかないよね。分かったって言うまで許してあげないんだから。
「ありがとうございます」
「いえいえ、力になれたら良かったです」
さらに次の日、プロフェッサーと、もう一人知らない人がやってきた。
「どうも、初めまして。俺はカオンっていいます」
カオンもキャニーに助けられた人らしい。今回はその件について証言をするために来たらしい。
「なんでプロフェッサーがいっしょなんですか?」
「それはだね。彼の観察記録を研究として発表できないかと思ってね」
「これです」
一枚の小さな絵? には、たくさんの白い光の半円の線が描かれていた。
「これは星空を魔術具を使って記録したものなんだよ」
「お星さまは点々だよ?」
「それがね、実は星空って回転してるんですよ」
「そうなの!」
確かにいつも全く同じ星空ではないなと思ってたけど、ほんとに動いてたの?! 世紀の大発見だよ。
「ええ、ここまで大量に網羅的に記録したものはなかったので、彼にはこれを機会に論文として出してみてはと……ちょうど魔導解放記念祭だしね」
まどうかいほうきねんさい……?
「あれ、オペラさんは知らないですか。まぁお祭り兼研究者の交流会ってところかな。研究者たちが集まって研究成果を発表する会があって、街中屋台が出たり魔術具のお披露目があったり、色んな催しがあるんだね」
しかもちょうど、それの開催日がキャニーが外に出られる予定の日と同じらしい。絶好のデートチャンスじゃん。デートプランの構築もしよう。そうだ、キャニーと言えば、プロフェッサーならキャニーを追い詰める案を持ってないかな。策士だし。
「あっそれで、キャニーを捕まえて連れ出すために──ごにょごにょ」
「ああ、いいですねぇ。それだったら、ちょうどいい、キャニー学生の名前を論文に載せちゃいましょう」
「ああ! いいですね。キャニーさんがいなければ俺はここまでこれなかったし、この記録を発表する機会もなかったです。そういうことなら大々的に宣伝しますよ」
「私の研究でも、キャニー学生と紐付けられなくもないやつがいっぱいあるな。それに、彼は今かなり未発表の情報を掴んでいるはず……、もうしばらくここに留まってもらわねば。なるべく穏便に」
そんなわけで、キャニーがごねたときは、キャニーの名前で色んなところにキャニーの功績と名前を拡散してくれるらしい。よしっ、これと同じことをキャプにも話しておこう。これで外堀を埋めるのだ。
説得材料は集まりつつあるね。あとは、キャニーを物理的に止める手段を考えないと。
裁判まで後少し、がんばるぞ。
そう、荒事といったらコラン、コランだね。おまけに今日はジャンゴもいるよ。ハミングは神父さんとおでかけなので、コランとは別行動。
「というわけで、なんかいい方法ない?」
「そうね」
「ふむ。キャニーは特殊な魔術を使うが、首に埋め込まれたコンパイラを通すという点は変わらないだろう。魔術を封じることと、体の自由を封じること、両方が必要だな」
「押し倒して拘束するのは意外となんとかなると思うのよね。あいつもオペラちゃんがいきなり襲いかかってくるとは思わないだろうし」
「確かに」
そういうことするのはコランだもんね。
「それでも不安が残るから、いくつか組み伏せるための技を教えるわ。付け焼き刃でもないよりはマシなはず。あとは護身用の催涙粉末でも投げつければ、組み伏せるまでの時間は稼げるはずよ」
「流石コラン!」
人に喧嘩を売る知識はなぜか豊富なんだ。わたしが冒険者になってからなんて、対獣用の護身術だとか魔術の使い方とかしか教えてくれなかったのに。
「残るは魔術の方ね。そっちに関しては、神様のインタフェース? ってやつのことがあるから、未知数ね」
「ああ、僕の人形も負けたからな。そもそも魔術を使わせないのが良いが……詠唱のないラグのない魔術も使えるみたいだ」
「は? なにそれ。魔術具とかじゃなくて?」
「そうは見えなかったな」
「チートじゃない」
「だから、根本的に魔術を無効化する必要がある」
「それならわたしできるよ」
そう、わたしの喉には普通のコンパイラじゃないものが埋まっていて、特別な叫び方をすると魔術をかき消せるのだ。
「ああ、そうだったな」
「でも、ずっと叫んでないといけないから、連続でやるとか何回もやるとかは無理」
「それでも、隙を作れるのは魅力的だな。しょうがない、虎の子を出すか」
そう言って、ジャンゴは懐から無数の呪文が書き込まれ固められた、黒い板のようなものを出す。
「これは僕の奥の手として人形に組み込んであるものだが、一定の魔術ならこれで無効化できる。これをうまくキャニーの首に被せる形で固定できれば、魔術を使えない状態にできるだろう」
「ジャンゴありがとう!」
「ただでとは言ってない。オペラ、キャニー、二人で僕の研究に無償で協力してもらう」
「それくらいお安い御用だよ!」
作戦のパーツは揃ったね。
あとは、あの牢屋を開けた瞬間から、どうやってキャニーを逃さずにやれるかだ。
「コラン! 特訓に付き合って」
「もちろんよ。時間もないしスパルタでいくわ」
ジャンゴに魔術を無力化できる首輪を作ってもらって、コランにはキャニーを制圧するための道具と、対人技術を教えてもらう。
「さあオペラちゃん、ここをキメると人は簡単にオトせるのよ!」
「それだと、キャニー死んじゃわない?」
「あんなやつ、間違って死んじゃっても自業自得なのよ」
「いやいやダメだよ。ちゃんと死なないやつ、怪我もさせないやつ教えてよ!」
さあやることも決まったし、後は裁判で証言して、キャニーを連れ出すだけ。
キャニーを追いかけるわたしの旅も長かったけど、もうすぐ終わる。お父さんお母さんに送り出してもらって、色んな場所に行って、色んな人と出会って、ようやくここまで来た。
今度こそぜーったい、キャニーに好きって言って、好きって返してもらうんだから。
もう、逃さないよ。




