35──キャニー捕獲っ
キャニーの行方が分かったという知らせとともに、戻ってきました、キャニーと出会った街ボルタ。もう二年? 三年? も前だし、前来たときはお母さんを助けたくて、逃げられなくて、いっぱいっぱいだったから、見覚えがあるのに初めて来た気分だ。
いつもみたいに、街の入口で守衛さんに冒険者ライセンスを見せる。
「Bランク冒険者のコランさんですね。お待ちしておりました。こちらに着いてきてもらえますか?」
「なによ。何も悪いことなんてしてないわよ」
「ああいえ、そういうわけではなく。警察事務長から招待です。客人として」
「それって、丁重に歓迎するって意味じゃないわよね?」
「コラン、守衛さんを困らせたらだめだよ」
はぁ、昔はコランが保護者だったのに、いつから逆になったんだっけ。
「とにかく……警察省の本舎に案内します」
わたしとコランは守衛さんに着いていく。
「ねぇ、コラン警察省って」
「ええ、警察組織の元締めね」
ボルタの街を歩く、お昼の時間でもないのに、大通りには常に誰かが歩いている。建物も二階建てや三階建てが多くて、他の街よりも空が狭く感じる。
案内された建物は、街の中心部に近い横に広い石造りの建物で、太い鉄柵に囲まれ、重苦しいオーラを放っている。壁や床に使われている石の高級感に比べて、装飾がシンプルで、汚れやゴミもちっともない。これが機能美ってやつか。
守衛さんは受付で人を呼ぶと、呼ばれて出てきた警察の人? にバトンタッチして帰っていった。
最終的に到着したのは、その建物の中でも奥まった場所にある会議室で二十人くらいが入れそうな大きさだった。来る途中に警察の紋章を着けた人たちと何回もすれ違う。ぜーったいここ来客用じゃない。
「あっ、エメリー!」
中には、エメリーと……オキシ! オキシだ!
「オペラちゃん? 大きくなったねぇ」
オキシはお母さんが戻ってくる前に、キャニーを追う途中で会った人だ。キャニーといっしょに孤児院を巡ってOSC教団と戦ったっていう。
「オキシも綺麗になったね」
前に会ったときは心配になるような、荒れた姿をしていた。それこそ死んじゃいそうなくらいの──、でも今は元気そうで良かった。
「オキシに紹介するね。この娘はハミング」
「初めまして。ハミングです」
「初めまして」
二人ともちょっと人見知りなのかな。
「ねえエメリー、キャニーの行方が分かったって本当?」
「そうみたい……なんですけど、私もソフィヤ先生から聞いて人を集めただけで、警察省集合の理由も分かりませんし」
うーん。エメリーにも分からないのか、プロフェッサーが実は警察の人? そんなことないよね。もしかして、キャニーって指名手配とかされてるのかな? すごく大っきな犯罪したとか。
あの光景、キャニーが戦っただろう場所に立てられていた、たくさんのお墓。強く焼け付いた大地。
もしものときは、キャニーを連れてこの国からも逃げ出さないとね。
「あの、キャニーって人何をしたんですか?」
裾を引かれて小声でハミングが聞いてくる。
「わたしのお母さんお父さんを救ってくれたんだよ」
「さあ、分かんないわ」
キャニーのしてくれたことを言ったわたしと違って、コランは答えを保留した。普段あれだけ喧嘩っぱやいのに、ときどきすごく冷静になるよね。
「なるようになるわよ」
隣にいるコランが天井を見上げながら言う。
そうだよね。なんとかなる。まだこの集まりが何なのかも分からないけど、緊張ばっかしてても仕方ないよね。
オキシとエメリーに旅の話をしたり、オキシの薬指に指輪がはまっていることにびっくりしたりしたりしていると、会議室の扉が開く。
「おや、みなさんお早いですね」
「お久しぶりです」
プロフェッサーと神父さんが二人一緒に入ってくる。
神父さんを見て、オキシがこわばり、ハミングは神父さんの方へ駆け出す。
「パパ!」
「おっ、ハミング元気にしてたか?」
「持ち上げないでいいよー」
「なにっ。前はあんなにねだってきてたのに」
「私ももう一人前のレディなんだから。大人になるんだよ」
「言うようになったねぇ」
あっよかった、オキシがちょっと元に戻った。
「もう教団はいなくなったらしいから大丈夫だよ。神父さんは今の孤児院長」
他の人に聞こえないように、オキシに言う。
「そうなんだ……」
確かオキシは教団に友達がいたんだよね。それで、キャニーと色々あって、今思うとその辺の話はわたしも無関係じゃない。これだけ関係者が集められて、これから何がはじまるんだろう。
「ソフィヤ先生。いい加減今回の趣旨を説明してくれませんか?」
「それはまだ早いのだ。エメリー女史。今日の集まりのきっかけは私だけどね、ホストはこれから来るんだ」
オペラ、コラン、ハミング、エメリー、ソフィヤ、オキシ、コンの七人が着席すると、いよいよ、わたしたちを呼びつけたホストが姿を表す。
扉を開けて男の人が二人入ってくる。一人はどこかで見たことがある気がする。
「みなさま、この度はお集まりいただき、ありがとうございます。私はキャプ・バーナーズ警察事務長。そして、キャニー・バーナーズの父です」
昔旅の途中でいっしょになったことがあるかな。キャニーのお父さんだったのか。そっかそっか。
「はい!」
バンっと机を叩く。
「お父さんキャニーをください!」
もう勢いだった。
「うん。オペラさん。話を戻していいですか?」
受け流された。
「私はチャンク・バーナーズ監査長。キャニー・バーナーズの兄です」
今度こそ!
「お兄さん!」
「後にしてください」
うわーん。これ後でって言いながら絶対聞いてくれないやつだよ。
「今日集まっていただいたのは、他でもない我が愚息の事案についてです」
「あの、じあんって」
「結論から申しますと、愚息の立場は今微妙な状態にあります。皆様には愚息を真っ当な人生に戻す手助けをしていただきたい」
キャプとチャンクはその場で直角のお辞儀をした。
それって、キャニーは罪にならないってことかな。やっぱりお父さんだから、キャニーのことを助けたいって思ってるんだ。
「真っ当な人生って何なんですか?」
珍しく丁寧語で口を開いたのはコランだった。
「そうですね。それを順番に説明していきます。まず、愚息は今扱いとしては、いくつかの事件への関与が疑われており、関連して消息が不明という状態です。この場にいる皆様には他言無用にお願いします。その事件というのは、OSC教団壊滅事件です」
「それは、教団壊滅の犯人として疑わているということですか?」
手を挙げながらオキシが聞く。キャニーが教団を壊滅させたのは多分本当だと思う、だからこそ、わたしの家族が戻ってきたんだから。
「犯人になるかどうかは、まだ分かりません。しかし、愚息がOSC教団を壊滅させたのは間違いないと考えています」
「それってどういう」
「つまりですね。我が愚息キャニー・バーナーズは、実は警察省から秘密裏に依頼を受けて、教団の調査を行い、止むを得ず交戦にいたったという、可能性があります」
可能性があります? どういうこと。
「愚息を助けるためには、犯人として捕まえることはできない。表向きには保護という形で、身柄を押さえたいということです」
「捕まえたらキャニーは無罪なんですか?」
話が難しくて率直に聞いてみる。
「それは分かりません。ですが、できるだけ不問になるように、事を荒立てずに確保したい。そのためには、みなさまに愚息の確保とその後に行われる裁判に協力いただきたい」
「結局、キャニーの所業を整理して実質無罪にできる算段があるから、これ以上罪を重ねないように穏便に捕まえて、私たちに口裏合わせをしろってこと? へぇ、キャニーがいなくなってから、何年だっけ? いまさら親が出てきて一族が犯した罪をもみ消すってわけ?」
「何と言われようが構いません。規律を守るべき立場からすれば、愚息の罪は裁かれるべきでしょう。ですが、愚息の苦しみを知った今、親としてできることを」
「愚息って言うのやめたら。それに今更じゃないの」
「コランさん、そんな風に責めても何も特になりませんよ。キャプ警察事務長。話しても?」
「お願いします先生」
「うん、みんな手紙で知っていると思うんだが、キャニーの目的が分かってね。捕まえるチャンスは今しかない、そして、今を逃すとキャニーは無視できない存在になるのだよ」
それは神様のインタフェースに関わることらしい。そこに手をかけるということは、非常に大きな力を手にするということで、誰のコントロールも効かない状態で放置はしたくないそうだ。キャプはキャニーのこと心配していて、家族の恥も消したくて、プロフェッサーはキャニーが狙っている強大な力について考えている。
頭の中がぐつぐつ煮詰まりそうだけど、まずはキャニーの目的地を聞かないと話にならない。
「そ、それでキャニーは」
「すまない! 遅刻した!」
今聞こうとしてたのに。
間が悪く入ってきたのは、ジャンゴだった。あのデカい人形が扉につっかえて、余計にみんなの注目を集めている。
入口に一番近い席に座って、一呼吸でもう落ち着いていた。そういえばジャンゴにも久しぶりに会ったけど、わたしより背が低い? そんなことないかな。
「ジャンゴ研究員、ご無沙汰しているよ。本題はこれから始まるところだ」
ジャンゴ研究員? ジャンゴって研究者だったの。
「こちらこそ、ご無沙汰しています。本題に間に合ってよかった」
ゴホンと咳払いをして、仕切り直し。
「改めまして、キャプ・バーナーズ警察事務長。キャニー・バーナーズの父です」
「チャンク・バーナーズ警査長。キャニー・バーナーズの兄です」
そこからやり直すんだ。すごく律儀というかルールに厳しいのかな。
「今回みなさまにお願いしたいのは、愚息の穏便な確保とその後の裁判での協力です。
私たちの方で把握できている愚息の行為については、警察省からの極秘任務という扱いにすることで、不問にできる算段があります。そのためには、愚息を現行犯に見えないように確保すること、その後に行われる裁判で、警察省の任務としても適正であること、すなわち、悪質でないことを証明する必要があります。
前者を実現するためには、愚息を警察組織ではない者が保護という形で確保すること。後者の実現にはこの場のみなさまの証言が必要なのです。みなさまにはぜひこの二つについてご協力いただきたいと思います」
つまりそれって、キャニーを捕まえて、キャニーが悪くないって言えば良いってことだよね?
「まかせ……」
「それはつまり、あんたたちは、キャニーを捕まえる気がない。ってこと? 親子揃って腰抜けなのね」
コランがキャプを責め立てる。確かに、わたしもすぐに引き受けそうになった(し言われなくてもやっていたと思う)けど、キャプの言いぶりはキャニーのお父さんっぽくはない。助けたいのは嘘じゃないけど、規則の方が大事って感じだ。それに、ずっと愚息って言ってるし。
「おっしゃる通りです。あなたのおっしゃる通り、私は愚息よりも仕事を優先するような男です」
「そういうこと言ってんじゃないわよ。仕事を優先する自分に溺れちゃってんじゃないの? 警察の偉い人かしらないけどね、ハッキリ言って、自分の息子と向き合うのを避ける言い訳にしか聞こえないの」
「流石に言葉が過ぎるぞ、父上は」
「いい。それだけのことを言われる覚悟はある。何を言われてもかまわん。頭も何度でも下げよう。それで、引き受けていただけるか」
「どう、オペラちゃん」
はぁ、コランが勝手に怒って場をかき回しただけじゃない。
「もともと、わたしはキャニーを助けられるなら何でもよかったのに」
こそっとコランに小言を言って、キャニーのお父さんに向き直る。
「任せてください! キャニーのお父さんの分まで、わたしがキャニーを救います!」
どこまで響いたか分からないけど、キャプとチャンクの目が少しだけほぐれたように見えた。さあこれで、キャニーの家族ポイントも稼いで、外堀を埋めてやるんだから。
そこからは話があれよあれよと進んで──進ませて、キャニーがカテドラルの礼拝堂を目的地にしているだろうこと、一般人の立入禁止で人気がなくなる魔導解放記念祭の準備期間に来るだろうこと、警戒させないように警備は最小限にすることを決めていく。ジャンゴは入口側、わたしとコランは裏口を担当する予定になった。多分キャニーは小心者だから裏口から来ると思う。
裁判についても、あの日からのキャニーの行動を時系列で整理して、大まかな作戦決めていく。ここに集まったみんな、キャニーのことを嫌ってなくて、むしろ好きで、やっぱりいいなぁって思う。だからキャニー、待っててね。一人にならなくていいんだよ。
キャニーとこの街で出会って、いっしょに逃げ出して村を目指してから、もう二年、もうすぐで三年になる。すっごく色んなことがあって、長い時間を過ごしたけど、どれも一瞬だった。
それももう少しで終わる。
さあ作戦開始だ!
キャニー確保やったー。
じゃないよ!
大胆にスキップしたのは別にいいんだけど、なんでキャニー表の方から来たの! 結局やってきたキャニーと戦ったのはジャンゴの方だし、キャニーは魔法陣の上で気絶してたし、なんなのよ!
はぁ、しかも、キャニーが目を覚ましたはいいものの、検査のため面会できませんだって。もうっ、どういうことなんだよ。早くキャニーと会わせろー。キャニーは無事なんだろうな。
結局面会できたのは、キャニーを確保してから三日目だった。キャニー大丈夫かな、キャニーちゃんとご飯食べてるかな、ちゃんと眠ってるかな。
ちょっと落ち着いて、落ち着くのよオペラ。キャニーはもう逃げられないんだから、威圧しちゃだめだわ。
さあ、キャニー神妙にしなさい!
門番の人に鍵を開けてもらって、牢屋の並ぶ廊下へ入る。廊下の両脇に鉄格子がはまっていて中はガラガラだ。
ここだ。
キャニー?
牢屋の中には、土下座のような感じで足を畳んで、おでこを床につけているポーズの人がいた。服は薄汚れていて、髪もボサボサで、色んなところが荒れている。死の臭いがする。
「久しぶり」
あんな姿勢で眠っているのか、反応がない。いや、少ししてゆっくりキャニーが顔を上げる。動きがとても鈍くて、呼吸することすら億劫そうに。
目が合わない。
前に会ったときもすごく落ち込んでいるような、色んなものから逃げているような風だったけど……大丈夫なの?
「キャニー? わたしのこと分かる?」
前に会ったときからもちょっと成長してるから、もしかしたら気づいてないのかもしれない。でも、それどころじゃない。何があったのキャニー。
「ああ、オペラか」
「もう、やっと分かったの。そうだよオペラだよ」
その声は平坦で石のように無機質だった。ぞっとするくらいに感情がない。その顔に残ったぐしゃぐしゃな泣き跡に反して、とても冷めている。この世界にいないみたいに。
ちょっとしたことで、ここから消えて存在ごとなくなるんじゃないかって思いながら、いつも通りに声をかける。
「ねぇキャニー。前の告白の返事を貰いに来たよ」
「告白か。やめておいた方がいい。僕はムゴい罪人なんだ」
「そんなことないよ。キャニーはわたしを救ってくれたし、キャニーのしてきたことも罰はないって、そうなるんだって。だから、気にしなくていいんだよ」
「そうなんだね」
キャニー大丈夫。って、言えるわけがない。どう見ても大丈夫じゃない。
「そういえば、キャニーと初めて会ったの、この街だったね」
「オペラ、僕なんかに構うな」
「キャニー。キャニーのこと助けたいんだ」
「構わないで。寝かせてくれ」
「そんなこと言って、さっきまで寝てたんじゃないの?」
「とにかく……眠いんだ」
「そっか」
キャニーは何かを背負い込んでいるような、それだけで精一杯になっているような、そんな気がした。
「おやすみ。キャニー」
大丈夫。まだ時間はあるし、裁判で無罪になったら、もう少し気持ちも楽になるよね。
次の日、キャニーは口を開かなかった。
また別の日、キャニーは口を開かなかった。
裁判では、キャニーは少しだけ口を開いた。




