32──洞窟探検隊、世界の真実に迫る その4
猫耳。メイド服。女の子。かわいい。背の高さはわたしと同じくらい。
「おかえりなさいなのじゃ。ご主人」
メイドさんはわたしの方を見て言っているみたいだ。もちろん心当たりなんてあるわけがない。
「あなたは誰ですか?」
とりあえず名前を知りたくて返答してみた。
「わしはHA-02なのじゃ」
「これは……オートマタか? 君の役割を教えてくれないか」
「わしはこのラボの掃除・片付け・洗濯など、ご主人の身の回りのお世話をしているのじゃ。それでは、お茶を汲んでくるのじゃ」
スカートのフリルを揺らしながら、エーツーは奥へと向かう。オートマタって、ジャンゴが操ってたあれのこと? エーツーは人間じゃない? あんなにそっくりなのに……。触ったら硬いのかな。
「迷宮だけじゃなくてラボの魔術具も稼働しているのか……これは思った以上の収穫だぞ」
部屋は結構広くて、奥側が右に伸びて続いていて、エーツーがそっちに行ったってことは、台所とかがあるのかも。で、さっきまでの迷宮とは違い、壁も天井もあって、色は同じような白色なんだけど、木製の机や棚があって落ち着く雰囲気だ。
あれ、だけど、全然物が入ってないような。
プロフェッサーとエメリーが手袋を嵌めて、引き出しを開けたり、棚を調べたりする。
「ふーむ。ふーむ。ふーむ」
「あの、ソフィヤ先生これは」
「意図的に片付けられている……と見るべきだ」
「どうしたのよ」
「ああ、通常生活に使うような最低限の日用品以外、何もないのだ。資料も本も筆記具も、もちろん魔術具の類もない」
「おまたせしました。なのじゃ」
エーツーが五人分のお茶を持って戻ってくる。
「ええと、エーツー? なんでこの部屋は物が全然ないの?」
部屋の中央にある円形のテーブルに置かれたお茶を飲む。紅茶でも緑茶でもない、甘苦くて独特の香りのするお茶だった。これはこれで美味しい。
ここって水とかお茶とかあるんだね。
「うむ。ご主人がラボを締める際に全て処分したのじゃ」
「どうして?」
「一切の研究の痕跡を残すなと」
「ちょっと待ってくれたまえ。ならば、君という魔術具が残っている理由はどうしてか」
「さて? それはメモリにないのじゃ」
「まったく……肝心なところで話にならないわね」
コランは座って足を組み、お茶を一口だけ飲むと、真顔になってちょっと遠い場所に置いた。
それからそれから、部屋を探索してみたけれど、追加で見つかったのは台所とベッドくらい。キャニーの手がかりも得られないまま、あとは、エーツーと会話するくらいしかない。
「ねぇエーツー。エーツーはキャニーって知ってる?」
「その名前はメモリにないのじゃ」
「じゃあ、ゴト・リッチーの遺跡って知ってる?」
「ゴト・リッチーは、ご主人の大好きな人じゃな」
え、そうなの。これって、グレース・エイホさんはゴト・リッチーさんを好きだったってこと?
「ねぇねぇ、それって恋愛的な意味?」
「そうじゃ。もうラブラブチュッチュじゃ」
「ほえー」
まさかウィザードっていうすごく昔の人の恋愛話が聞けるなんて思ってなかった。そうだよね、昔の人も恋愛するよねぇ。
「これって……わざわざリッチー氏を好きだって入力していたってこと?」
なんか嫌そうな顔でこぼすしたのはエメリーだった。
んん。気を取り直して。
「神様のインタフェースって知ってる?」
「禁則事項じゃ」
「教えてくれないの? なんで?」
「神様のインタフェースを目指すのはやめるのじゃ」
「危ないってこと? 危ない場所なの?」
「とにかくやめてくれなのじゃ。ダメだったって言ってたはずなのじゃ。もうこれ以上無茶はやめてほしいのじゃ。わしたちがいるのじゃ」
わわ。なにがなんだか。これって、いったいどういうことなの? エイホさんも神様のインタフェースを目指していて……そもそも神様のインタフェースって場所なの? それを? 一回頑張ったけど、ダメだったのかな。
「ねぇねぇ」
「禁則事項なのじゃ。やめてほしいのじゃ」
「オペラさん。そんなに知りたいならいい方法がありますよ」
プロフェッサーがなにやら魔術具を取り出して、エーツーの手首を思い切り掴んで、その魔術具をお腹の辺りへ──どうしよ、すごく犯罪っぽいよ。こんなの映せないよ。うわわっ。コランか。目隠しするなぁ。
カチカチカチ、ブオォォォォォン。
「何の音?」
目隠しが外されると、さっきまであったテーブルも椅子もお茶も消えて、壁も床も夜空みたいな模様に変わっている。
「侵入者を判定しました。規定の解除コードを入力してください。解除コードを入力してください。解除コードを入力してください」
エーツーが体を数回よじって、その反動でプロフェッサーを蹴り飛ばして自由になる。
「解除コードの入力がありません。ご主人の不在を判定しました。排除に移ります。対象五名。外部からのインタラプションなし。排除に移ります」
なんで、どうして、プロフェッサーが変なことしたから?
メイド服のスカートが服の袖が、大きくはためいて、エーツーがまっすぐに神父さんへ向かった。プロフェッサーは壁際に飛ばされていてエメリーもそっちに向かっている。
コランが踏み込む。
さやを付けたまま剣でエーツーの腕が叩き上げられる。
間に合わず神父さんの腕も大きく切り裂かれていた。
「硬いわね」
続けて、コランは腰につけたポーチから御札を取り出し、指輪にかざす。御札に書かれた呪文が魔術へと変換されていく。小さめの火炎弾がエーツーの腹へと打ち込まれる。
「オペラちゃん!」
しっかりしなきゃ。
呼吸を整える。深く息を吸う。吐く。
メイド服がみるみる燃えていき、メイドさんが裸の人形に変わる。服の下の素肌には、いくらかの溝が見えていて、人間じゃない何かであると分かる。
コランがさらに蹴り込む。
壁にぶつかる。
エーツーが何かするよりも早く。
わたしは叫んだ。
「あああ────ッ」
空間が震える。壁や床に亀裂が入る。エーツーの動きも鈍くなる。まだ足りない。
喉がピリッと痛む。
「ッッ──────!」
言葉でも呪文でもない声で、魔術を揺さぶる。
戻って、戻って。
再び立ち上がろうとするエーツーを、今度はプロフェッサーとエメリーが荷物で殴って吹っ飛ばす。
「ァ──────────────────!」
世界が割れる。
元の部屋へと戻る。戻る。戻る。
「逃げるわよ」
コランを先頭にして、後ろを振り向く余裕もなく部屋から飛び出した。
コラン、神父さん、わたし、エメリー、プロフェッサー。
エーツーはまた立ち上がろうとしていたが、全員が部屋から出た途端に動きを止めた。
安全を確認したわたしたちは、揃って壁を背に座り込む。
はー。
「って、神父さん大丈夫?」
「……ああ、血は止まりかけてる」
「手当しましょう」
エメリーが神父さんの袖を破いて、清潔な布で傷口を覆っていく。
「ありがとうございます」
「大丈夫ですか?」
「なんとか動くから、安静にしてれば治ると思います。しかし、災難でした」
「まったくです。あれだけ危険な目にあったのに、収穫はほぼなし……ああいや、情報は取れているか」
プロフェッサーがさっきの魔術具を見ながら言う。
とにかく、今日は戻ろうと、誰からともなく言い出して、元きた道をそのまま戻った。
迷宮の出口もくぐって、無事に帰還。
「コンさん! 大丈夫ですか?!」
迷宮の入口がある小部屋の、反対側からミルさんがやってきた。神父さんの手をとって怪我の具合を確かめて、ため息をつく。
「ほんとに、どんな無茶したんですか。危険なことはやめてください」
「別にいいだろ。全員無事に帰ってこれたんだから」
神父さんはミルさんと話すとき、けっこう敬語じゃなくなる。わたしたちと話すときはすっごく丁寧なのに、なんだか変な感じ。そのまま、神父さんとミルさんは、わたしたちが見ているのもお構いなしに、痴話喧嘩をはじめる。
「ねぇねぇ、迷宮ってどんなところでしたか?」
え?
わたしのすぐ後ろ、頭の後ろから、知らない人の声がする。
「だれ?」
振り返ると、わたしよりちょっと背の低い、クリーム髪の女の子がそこにいた。
「私は、ハミングです」
「わたしはオペラって言います」
「迷宮の話聞かせてください」
おおう。名前は分かったけど、やっぱり誰なんだ。神父さんの子ども? だとしても、ミルさんの歳と合わないね。じゃあ孤児院の子どもかな。子どもは別の場所に移動したって聞いてたけど。ま、いいや。
「迷宮はすごかったよ。すっごく大きくて、この建物よりも天井が高いの」
「すごーい。それで、お宝とか化物とかは?」
「お宝……神父さんがときどき指輪とか拾ってたかな。化物はねぇ、骨でできた人形がいて……」
他にもエーツーの話をしたり、不思議な空間に閉じ込められた話をしたり。話しているうちに楽しくなっちゃって、身振り手振り効果音まで付けちゃって、それはもう臨場感たっぷりに話した。
「それでね、一瞬でまた別の、まるっきり違う世界になったみたいで。まるで夜空の上に立ってるみたいになって──」
「はぁ、ほんとあなたって人は……。ハミングも、勝手にお客様の前に出ないの。ご迷惑になるわよ。詳しいお話はまた夕食のときにしましょうね」
ニコニコでわたしの話を聞いていたハミングの後ろ襟が掴まれ、ミルに連れて行かれる。今良いところだったのに……。
それで、その日は夕食で迷宮であったことを話して、それでお開きになった。
次の日の朝。
「神様のインタフェースは、ウィザードがその道を極め偉業を成し遂げる過程で辿り着く何かである可能性が高い。だから、私は次の遺跡に行ってくる。お世話になりました」
昨日魔術具に回収したエーツーの情報を早速解読したらしい。この遺跡からはこれ以上情報が出ないと見切りをつけて、出立の準備をしていた。
「プロフェッサー! あの不思議な場所の調査は良いんですか!」
「良いのだ。私は魔術の専門家じゃない。あの空間は異様だし、魔術具もロストテクノロジーなものではあるが、それは専門家が研究すればいいだろう。それよりも、ここと同じくらい最近、リッチー氏の遺跡で新しい小部屋が発見されたのだ。遺跡が私を呼んでいる。心配は必要ないさ。キャニー学生の情報が出たら君に知らせますとも。だから、君たちもまた次があれば調査に協力してほしい。では」
「あっちょっとソフィヤ先生待ってください。オペラちゃんもまたね」
「うん。バイバイ」
昨日の今日で休む暇もなく、プロフェッサーたちは次の調査に行っちゃった。
エメリーともう少し話したかったのに、行き先も聞けなかったよ。
「学者さんって忙しいんだね」
「そうね。騒々しかったわ」
「オペラさん、コランさんは、どうしますか?」
神父さんが聞いてくる。エメリーもいなくなったし、遺跡の調査も終わっちゃったし。わたしたちも、今日中には出発するだろう。騒々しいのはわたしたちも同じかな。次は冒険者ギルドのある街に寄るのは確かとして、遺跡を手がかりにキャニーを探すのかな。
「私も私も連れてって」
「だめよハミング。もうお客様の前に出ないで」
ミルさんに追いかけられながら、ハミングがこっちに向かってきて……、止まらないね。
よし。
「捕まえたっ」
突進してくるのを両手を広げてキャッチ。
「私も旅をしたいです」
「また、そんなワガママいって」
「えー。ここにいてもパパとママの邪魔になるだけだもん」
「コランさんオペラさんに厄介になるのはいいんですか?」
「私も冒険者になって自分で稼ぐから」
「はぁ。あのね、それってすごく危険なのよ」
「いいでしょ。オペラお姉さんは私とあんまり変わらないのに、冒険者やって、迷宮にも行ってるじゃん」
「それは」
「ミル……いいんじゃないか。ハミングが望んでいるんだったら」
「コンさんはハミングがどうなってもいいんですか?」
「よくはねぇけどよ。過保護すぎるのもダメだろ」
「あなたはいつもそう。考えなし。ハミングをこっちに残すってなったときもそう! で、今度は何も考えずに、外に放り出すんですか」
「俺は、みんなが好きなことやれたほうがいいと思って」
「あなた昨日もそう言って、もう一人で勝手に頑張らないって約束したじゃない。ほんとに心配なのよ」
「あぁ分かってるよ。でも、俺もお前に心配かけたくないんだ。愛してるよミル」
「コンさん……」
わーお。ほんとに熱々だね。昨日も最初喧嘩になるかなって、イライラで始まるのに、いつの間にかイチャイチャになってたよ。
それを見てハミングがまたかって、ため息をつく。
コランは何も見てないって風で、露骨に目をそらしている。
「ねぇコラン。ハミングいっしょに来てもいいよね?」
「もちろん。私は一歩踏み出したい女子全員の味方よ」
神父さんとミルさんのあれやこれやも、最終的にミルさんが折れ、ハミングが仲間になった。
やったね。
引き換えに神父さんは大変そうな感じだったけど。
「オペラさん、出発前に神父として、少しお話をさせてください。君はキャニーを助けると言いましたね」
うんと頷きで返す。
「それはすごく立派なことです。だけど、相手が何を望んでいるのか、相手の言葉だけじゃなくて、相手が本心で何を望んでいるのか、よく考えることです。施しの心というのは、ときに毒にもなります。相手を想っているからといって、相手から良い反応が返ってくるとは限りません。いくら好きでも、それを裏切るくらい大変なこともあるでしょう。それでも好きだと言えるなら、そのときは全力で頑張ってください」
「私からもオペラさん。一緒になるってすごく大変なことですし、嫌になるかもしれません。でも、私は後悔していません。どうしてと思うときもあるけど、無かったことにはしたくないと思っています。オペラさんも後悔しないように、願っています。それと、ハミングをよろしくお願いします」
わたしは拳を作って胸を叩く。
「うん。がんばる!」
さあ気を取り直して、出発だ。
キャニーを探して次の街へ。
わたしたちの冒険はまだまだ続くよ。




