32──洞窟探検隊、世界の真実に迫る その3
昨日の夜あんなドタバタがあったせいか、ミルさんは食堂に現れず、乾パンだけかじって、わたしたちは孤児院長室に集合した。
「夕べは大変お見苦しいところを──お察しの通り、妻には孤児院の経営状況を伝えていないのですが、それもいい加減限界な状態でして……ここらでまた一つでかい稼ぎを得て、せめて、安心できるようにしてから打ち明けたいのです」
「それはそれは、それで私のところに依頼を」
「ええ、先生なら融通が聞くと伺ったので」
「まったくもってその通り。国の調査団など入れるとどういうお題目で発掘品を持ち出されるか分かりませんからね。私に任せてもらえれば、中のものに傷一つ付けない上にいくらか口もつぐみましょう」
「助かります。中には過去の孤児院運営に関する書類もあり……その、門外秘なものもあるので」
「もちろん。学術的研究に関する情報以外は忘れます。それはここにいる君たちも守ってくれたまへ。エメリー女史は分かってると思うが、オペラさんにコランさんもいいね」
「はい!」
「ええ」
「それでは、こちらです」
神父さんが壁の本棚を操作? すると、本棚が扉のように開けられるようになって、地下への道が開く。
「すごーい、冒険小説みたい」
薄暗い石造りの階段は丸く削られていて、非常に古いものだと分かる。だけど、削られ方が滑らかでまるで、最初からそういう風に磨いてあったみたいだ。
これ本物の遺跡だよ。
一階分ほど降りると、五人入るにはちょっと狭い空間がポツリとあった。神父さんが壁際のロウソクに火を点けると、入ってきた方向とは逆の壁に、分厚い鉄板がはまっていた。
「この扉を開くと遺跡……大迷宮が広がっています」
取っ手も鍵穴もない真っ黒な板は扉だったらしい。
「どうやって開けるの?」
「ロックが掛かっています。もともと孤児院の創設者しか開けられないようになっています」
「ふむ。これは……骨が折れそうだね」
プロフェッサーは扉を軽く押したり表面をなぞったりしながら言う。
「とりあえず。────■■■■■■■■■■■■■■■■▲、■■■──●●●●●」
口から出た音が順に魔術になって、扉に向かっていく。
「これ、一回開けられているね?」
「そんなことまでお分かりですか」
「ああ、ロックが完品じゃない。今掛かってるロックは非常用かスペアとして用意されていたものだろうか。この保存状態だと、本来はもう何重か掛かっていたはず」
「そのとおりです。最近一度開いています」
「その人を呼ぶことはダメなのかね?」
「それが、旅の人でたまたま開けてしまったという次第で……連絡をとる集団がないのです」
「──じゃ、仕方ない。エメリー女史これは長丁場になりそうだよ」
「了解です。一通り道具取ってきますね」
「ちょっと待った! それ魔術的な鍵なのよね?」
「そのようだが」
「うちにはオペラちゃんっていう対魔術の最終兵器がいるのよ」
いつからわたしはコランの最終兵器になったんだろ。
「ま、まぁ。ちょっと試してみてもいいですか?」
「どうぞ」
「はい、では」
久しぶりにやるからちょっと緊張するかも。この鍵ってかなり強い魔術なんだよね。古い遺跡らしいし、プロフェッサーも長丁場って言ってたし。細かい調整するの大変だから、思いっきりやるよ。
足を大きく開き直して背筋を立てる。
ゆっくり深呼吸。
そして、大きく息を吸って吸って吸って吸って、喉のあたりに神経を集中。
普通の声じゃない、魔術を打ち消す不思議な声。普通の喉じゃなくて、ちょっとズレたそうとしか言えない場所を震わせて思いっきり打ち出す。
「あ、────ッ!」
ピーンと扉に当たって部屋中に跳ね返って耳が痺れる。
「開けゴマ」
お話で聞いたことあるお約束を口にしながら、ただの板のような扉を押してみる。
重い手応え、だけど、床を擦ってないのかすごく滑らかに板が奥へと開いてゆく。
その先は、壁に灯ったロウソクの光を飲み込んで返さない、真っ暗な空間が広がっていた。振り返ってブイサインをする。
「開きました!」
ってあれ、なんか入ってきた階段の方に誰かいたかも? 昨日の幽霊かな。え怖い。気のせい気のせい。
「オペラさん、君は……」
「ピー、オペラちゃんに触れないでください。事務所通してください」
プロフェッサーがわたしを強く見つめつつ手を伸ばしてきたけど、コランにブロックされた。
「って、いつからコランが事務所になったんだよ」
「何言ってるのよ。ギルドの歌姫になったときから、私が色々とプロデュースしてきたじゃない」
「えっ、確かに」
そっか、コランはわたしのプロデューサーだったのか。
「冗談はともかく、開いたならさっさと行くわよ。ほら」
ぐっと親指を扉の先の暗闇へ。
「安全確認おねがい。私たち迷宮探索のプロじゃないから」
「任せたまえ。エメリー女史」
「はい」
エメリーとプロフェッサーは扉の周辺を調べたり、何か投げ入れたり棒で叩いてみたりしてみる。
「じゃ、このロープを全員腰に装着すること、私が先頭で行くから、三回連続で引っ張ったら付いてくるように。ではごきげんよう」
その次がエメリーで、神父さん、わたし、最後にコランの順でロープを繋ぐ。
まもなくして、暗闇の向こうからロープが三回引かれる。
恐る恐る真っ暗な中に入ると、何も見えない。
踏み込んですぐに景色が変わったけれど、物にぶつかったり霧のような感覚があるとか、そういうこともない。ほんとになにもない。と思ったのも束の間、十歩も歩かないうちに世界が広がる。
なにこれ! ずーっと真っ白。
これ天井なの! 絶対おかしいよ、こんな大っきな建物見たことない。こんな高く広く天井って作れるんだ。すごいなと思って下も見ると、まるで水に濡れてるようなピカピカした真っ白な床が壁と繋がっていた。
「すっごい!」
「うわっ、壮観ね。なんなのよここ」
わたしが入ってすぐに、コランも入ってきた。
「ちゃんと五人揃ってますね」
「かなり特殊な構造をしているが、さしあたって危険はなさそうだ。はぐれないように目印を起きながら探索してみるとしよう。エメリー女史はマッピング、コランさんは警戒をお願いできるかな。特に足元などトラップがあるかもしれない」
「私魔術的なトラップとか分からないわよ」
「雰囲気でいい。あと、発動すれば素人でも分かるさ」
「そう」
「コン神父迷宮の様子は前と変わってないかな」
「あ、ああ、道の感じも同じです」
「なら、一先ずは前回と同じルートで行きましょうか」
「良いんですか? それだと奥に怪物がいますが」
「聞いた話だと門番だろう? 一度倒したという話だし、近くまで行って危なそうなら引き返しますよ」
「なら大丈夫です」
気を引き締めて、探索パート。道に等間隔で印の入ったコインを落としながら、神父さんが指さす方へ進んでいく。壁も床も染み一つないから、どこまで歩いたか、どこへ向かっているのか分からなくなる。目が回ってきた。
神父さんも前回来た記憶を辿りながらなんとか、道を選んでいく。前に見た分かれ道と、今前にある分かれ道がそっくりさんなのだ。同じところをグルグルしてるんじゃないかって思う。
「意外と退屈だね」
宝箱も恐ろしい化物も出てこない。幽霊は出てこられると嫌だけど。
「あれ! いっぱい引き出しがあるよ」
ようやく宝物かなと思って、みんなで開けるけど、なんか……宝箱って感じじゃなくて、いやお宝はあるんだけど……。
「ここは過去の孤児院長たちが入れられていた場所です」
いいながら、神父さんはリュックを下ろして、ベッドサイズの引き出しに散乱していた指輪とかを集める。
「前回は全部は持ち出せなかったんですよ。これで結構楽になります」
「それも、売ってしまうんですか?」
「ええ、背に腹は代えられないですから。あと、この辺の資料も孤児院のものですね。これは見せられません」
「私としては、なぜ孤児院の地下にこのような場所があるのか、孤児院の記録も非常に気になるのですがね」
「いくら学者先生でも勘弁してください。遺跡の本体というか、もっと重要なものは奥にあるはずですから」
「前回そこを見たのかね?」
「いえ残念ながら、旅の人と別れてしまいまして」
旅の人、何者なんだ。気になる。
一通りそこの部屋? のような場所を調べ終わったら、さらに奥へと向かう。こんな感じでたまに孤児院関連の部屋がある以外は、本当にずっと同じ景色。
退屈して床を思いっきり蹴ってみたら無茶苦茶硬かった。ナイフでも傷一つつかない。なんだこれは。
「前回私も試しましたが、ここの素材は掘れないですよ。ウィザードが作った特殊な場所だからでしょうなぁ」
「ええ、ですが。実際に発掘された遺跡で、ここまで明確に異界のようになっているのは初めて見ましたよ」
「先生でもそうなんですか」
「大抵発見される遺跡は、経年劣化しているんで。それか……、これまで発見されていなかったウィザードの遺跡かも、しれない。そうなると、ゴト・リッチー氏ではないね。彼の遺跡はいくつか見つかっているけど、どれもこことは違う」
えっ、たしかキャニーが探していたのって、その人の遺跡じゃなかったっけ? それじゃここはハズレってこと? むむむ。
「可能性としては、第二のウィザードのグレース・エイホ氏かね。グレース・エイホ氏の遺跡は有名な一つを除いてなぜか見つかってなかったんだ」
「それって」
プロフェッサーは、自分の首元にあるコンパイラの刻印を指さして言う。
「人に魔術の実行基盤を埋め込む巨大な魔術具、カテドラルの大魔法陣だよ。魔術の一般化はリッチー氏の功績だけどね、その秘術を魔術具として後世に残る形にしたのは、エイホ氏なんだ。ただ、さっきも言ったように遺跡がなくてね、手がかりがないから一般にもあまり知られていない」
「その、エイホさんは、リッチーさんとどういう仲だったんですか?」
「家族とか、恋人とか、師弟とか、色々な説があるが。何も分かっていません。もしかしたら、私たちが最初に証拠を見つけるかもしれないね」
「はい、もうすでに大発見ですが。これだけ保存状態が良いと、相当な数の文献も眠っていそうです」
「それって大発見?」
「もちろんです」
エメリーが指折りながら、『むにんき』だとかポストがどうとかつぶやいている。
そしてまた少し進んで、小部屋を探索して、あくびが出るような景色を進んでいく。その音が聞こえてきたのは、非現実的な風景にも慣れてきたくらいだった。
コッ……コッ……コッ……。
──カシャ──カシャ──カシャ。
軽い硬いものが床に打ち付けられるような音が、同じ間隔、そう──足音のように聞こえる。同じリズムで、硬いもの同士がこすれるような音も小さく鳴っている。
先頭を歩いていたプロフェッサーが、手で静かにと合図した。エメリーは持っていたメモを仕舞って、護身用の呪文が書かれたお札を取り出す。神父さんは服の下に手を入れ、私は脇の短剣を抜いて構える。後ろのコランも構えた音がする。
「■■■■■■■■■■■■■■」
プロフェッサーがその場に立ち止まったまま、呪文を詠唱。
「人型に押し固められた骨の人形が、二体か。武器や爪はない。ゆっくりと何かの扉の前を巡回してるな。神父、何かご存知ですかな?」
「前に来たときは骨でできた巨大な獣でした。門番のようなもので、真っ二つにしても、すぐに骨同士が集まって元に戻ります。前回は、魔術で壁を作って骨同士が合流できないようにしていました」
「この中に壁を出せる人は?」
「発掘調査用に土木系のお札はありますが……、ここじゃ地面が掘れないので使えないです」
「……そうか。それじゃあ、予備で持ってきてる袋を使おうか。それで縛って骨同士を分断しよう」
神父さんは後ろで待機、二体いる骨人形をわたしとコランで一体、プロッフェッサーとエメリーで一体を担当する方針で作戦が決まる。
よしっ。後は構えて出るだけだ、と思ったところで神父さんが待ったをかける。
「ちょっと待ってください、オペラさんも戦うんですか?」
「あっ」
「うん?」
「戦うよ」
「当たり前じゃない。オペラちゃんを甘く見ないで」
「オペラさんはまだ子どもですよ」
「コランから一通り教わってるから、心配無用です」
おろおろする神父さんにドンと胸を叩いて宣言した。危なそうだったら、そのとき逃げて考えたらいいのだ。
「それでも心配ですよ。なんでですか? 大怪我したり最悪死んだりするかもしれないんですよ」
あー。うん。それは危ない動物とか魔物と戦ったら死ぬかもしれない。でも、それでもキャニーに会うまでの……誘拐されたときに比べたら安全だし、一人で戦うことに比べたらマシだと思う。大体、子どもだから何だっていうんだ。
「キャニーを助けたいから」
「それは、他の大人に任せるとか」
「わたしが助けたいから、わたしがやるんです。子ども扱いしないで!」
よしっ、言ってやったぜ。
「それじゃあ行きますよ」
プロフェッサーの合図で通路を飛び出す。
大きな両開きの扉の前の、二体の骨人形がこっちを振り向く。
なんか、なんか、大人の人の形だけど、中で骨がぐちゃぐちゃってなってて、ざわざわ動いてて気持ち悪い……。こんなのホラーだよ。
「左をやるわ」
コランが先に剣と御札を構えて向かっていく。
魔術を発動させて、いくつかの小さな火の玉が向かっていく。
相手は避けずにコランへ走る。
ガシャガシャパキパキ骨同士がぶつかる音を立てながら、そのぎこちない音とは反対に綺麗なフォームで走ってくる。
火が当たる寸前で、ぐわっと骨と骨の隙間が広がって魔術が通り抜ける。
「なにそれ!」
びっくりするわたし、脇目も振らずに剣で腕を落としにかかるコラン。
それを見てわたしも次に備えて、魔術を紡ぐ。
「●●●●●●」
骨人形は腕と胴体の間を斬られても、剣が通り抜けたそばから元通りにくっつく。でも、くっつくまでの間は足を止めているし、コランも攻撃を受けていない。
「コランっ!」
魔術で生成した炎の壁をまっすぐ飛ばす。これなら当たるはず。
コランは剣を振り抜いたままの勢いで奥へ駆け、横に飛んで斜線からどく。
炎の壁が骨人形にせまる。
骨人形は、真っ二つに分離。
素早く迂回して、なんと炎の壁が避けられてしまう。
わたしは短剣を突き刺すように持って突進。合流前に追い打ちをかける。
飛び散る骨片がわたしの頬をかすめる。
また合流しようとする骨に向かって、大きく、叫んだ。
「ッ────」
顔の前にあった骨がどんどん力を失って、こぼれるように落ちる。
残った骨はより大きな塊を探して、今度はコランの方へ飛んで行く。
「はい、残念でした」
袋詰めにされた骨の塊が蹴飛ばされて、来た方向とは別の通路へ消えていく。残りの骨がそれを追いかけていくが、あの分だと合体して元通りにはならないだろう。
「やったわね」
わたしは手を上に上げ、コランは横に出す感じでハイタッチする。
「イエイ」
「って、向こうはまだ手こずってるわね」
言いながらコランは新しく御札を取り出す。
「さっさと片付けるわよ」
「うんっ」
四人がかりで残った骨人形も倒し終える。
さあ、いよいよただ事じゃないオーラの、扉の向こうへ。
わたしの魔術で鍵を開けると、誰も居ないはずの部屋には、メイドさんの格好をした女の子が立っていた。
「おかえりなさいなのじゃ。ご主人」




