台風の日
「ガタ、ガタ、ガタ」「ゴヲオォォォォー」
――今年もこの季節がきた。『台風』
「フュゥゥゥゥ~」「ザァァァァー、ザァァァァー、ザァァァァ……」
外は強風と誰を叩きつけるのだという依怙地な雨。
この時だけはその地に住む人々は同じ気持ちになる。
「嫌になっちゃうよねぇ~」
私が学校から帰って来て、自分の部屋に入るとロンは窓の下枠が棚になっているところにお座りして外を眺めていた。
『チハルちん。ガラスって便利だのぉ』
いまさら、そんなことを訊くとは思わず、食べ物以外に関心を持ってくれたことに微笑んでしまった。
「そうだね。窓ガラスがなかったら外の様子は分からないからね」
……私は不満がある。ここ数日、台風10号、11号、12号と増産される台風たちに立ち替わり入れ替わりこっちに来るのか来ないのか、モヤモヤさせる天気予報。
そんなに気にせず、必ず来るものと備えていれば良いが、河川の水嵩はMAXをむかえ、町内会有線放送の警戒アナウンスが鳴り響く。
これがモヤモヤを増幅させる。
……仕方ないと目を閉じて吐息する。
そんなことを忘れて、外は大雨だから私は室内で始める筋トレ。
制服から室内用のトレーニングウエアに着替えて軽く準備運動から始めて、腕立て伏せ、腹筋をして筋トレは終了。
コブのような筋肉は要らないので、次に最近始めた『ヨガ』をする。
しかし、私の部屋にはヨガマットが二つ。
ひとつはロンの昼寝用に取られた。だが、ロンはヨガをしない。
では、始めよう――深呼吸してから、にょきにょきしてマラーサナと言うガニ股になって公衆トイレの便座の上に座らないでくださいポーズから、両手をついてバカーサナ(鶴のポーズ)を決める。
(……どやぁ。 決まった!)
そこから、あんよを横にスライドさせて、パールシュヴァ・バカーサナ(足横向き鶴のポーズ)を決めた。
「よし、ここから……」
次にウルドヴァプラサリータエカパダーサナ(天空蹴り)。
ヴルスチカーサナ(後屈海老反り)。
ピンチャマユラーサナ(孔雀の羽のポーズ)。
サルヴァンガーサナ(肩立ちのポーズ)とこなしていく。
ひたいに汗が浮かぶよ。「さあ、次だ!」
シルシャーサナ(頭立ち)を綺麗に決めて、板のポーズをしてから股関節を使った寝技、片足重心の立ち技とひと通りのメニューをやり遂げた。
(……うむ。出来たのじゃぁ~)とロンの真似をしてみる。
当のキツネは窓の外を向いたまま、「…………」私は汗を拭いたタオルを背後から被せた。
『びっくり、するのじゃ。チハルちん……』
状況を察したロンはすぐさま窓の方を向いた。
私がなぜ、ヨガをするようになったかといえば、さきの戦闘で迷走したからだ。
もちろん、瞑想もする。
勝ちパターンが見つけられない場合の戦闘は早めの撤収が原則だが、前回のように犠牲を出さずに綺麗に撤退するには難しいことだと思い知る。
テレビでよく見るヒーローたちは毎週戦っているが、みな、綺麗な勝ちパターンを披露してくれる。テレビだからと言えばそうなのだが。
しかし、リアルな私は悲惨な負けは死を意味する。特訓は毎日しているし、脳内シュミレーションもしている。兵棋演習いや、卓上での戦術もノートに描いて日々研究。
他人から見れば、何をやっているのやらと思われるが、命が掛かっていることを最近自覚した。遅いだろうと思うが仕方ない。運よく初めの敵がザコ過ぎて安易に受けた自分が悪い。無理はするが無茶はしないと思っていたが、前回について、よくよく考えてみれば、無茶だった。
言い訳は、獅子奮迅したのと、カッコつけたい。
自惚れさんはお煽てられて木に登る。ゆえに煽てに弱いことを知る私。
しかし、みんなの期待にはそれはそれなりに応えて行きたい。
みんなのためでも、私のためでもある。成長のチャンスは逃さない。
ヨガを始めたもう一つの理由はあることを考えたからだ。
私の剣捌きが『雑』だ。
そこで家に転がっているノートパソコンを拝借して動画で確認。
撃剣師範、中之上矯吾左衛門という謎の人物が行なう抜刀術。
……吾左衛門鮓とは関係ない。
再生。……スローモーションでも僅かにしか見えない抜刀の技を何回も見る。
しかし、フレーム落ちとは違う。ハイスピードカメラがあれば、しっかりと見えるはずだが、そんなものは一般人が持っているわけでもなく、微妙なところで停止して熟考する。
これと同じく空手では瞬撃が当たり前のこと。動作において力を入れるところ関節の動きなどを観察する。正確な動作が身を守る。
そこで自分に足りないのは、しなやかな筋肉。無駄のない動きを身につけたい。
結果、鞭のような腕の瞬発力が必要だった。先日見た動画の動きを思い出しならが、最後のストレッチを軽くする。
――それから小一時間が経ち。腹を空かせた輩どもが帰ってくるころ。
本日、ママは夜勤のため私が晩ご飯の支度を受け持つ。
雨の日は、パパとお兄ちゃんも寄り道せずに早く帰ってくる。
「そろそろ、準備しますか」と壁時計を眺めた。
ロンは珍しく外を眺めたままだった。
こんな少し寒くなった日は温かい晩飯に心が和む。
そんなことをパパとママが話していた会話を訊いて自分で決めたこと。
……喜ばして見せよう。
雨の日が暇になる私はママから料理を習い、今では立派に晩ご飯の支度を任されている。
キッチンに立ち、用意した具材を眺める。
「ふむ。さて」
手早く玉葱をみじん切りにしてボールにひき肉と一緒に混ぜる。
他の材料も一緒に混ぜる。
「うりゃ、うりゃ、うりゃ」とひき肉をこねる。
他のおかずも2品、ワカメ豆腐のお味噌汁も作り、ハンバーグを焼いてソースも用意。
「ふぅ~。とりあえずは終了かな?」
今日のハンバーグはみんなが帰って来てから煮込む。煮込みハンバーグだ。
しかもハンバーグはチーズ入りとさせてもらった。ひとつ奥義を習得。
チーズと言えば、我が家のお気に入りのチーズは濃厚チーズ。少しお高いが塩加減とチーズの旨みが家族全員の好み。チーズだけならば、モッツァレラやゴーダなどが良いが、加熱するならばチェダーチーズが元となるこれだと家族みんなの意見が一致した。
「ただいまー」とその声はパパだった。
「ただいまぁ~、腹減ったぁ~、あっ、パパも帰って来てたんだぁ」
お兄ちゃんも帰って来た。
……おぉぉ。もう帰って来たか。
「おかえりぃなさぁぁ~い!」と声だけ返す。
ここで慌てる私ではない。いつものルーティンを素早くこなす。
最近、体のキレが良いから無駄な動きはない。ゴハンをよそい並べ、おかずとメインディッシュの煮込みハンバーグも用意。ロンの分も忘れない。
部屋で着替えて来たパパには居間のテーブルを布きんで綺麗に拭いてもらい。
「チハルぅぅ。美味しそうな匂いだねぇ」
同じく普段着に着替えたお兄ちゃんには料理を運ぶのを手伝ってもらう。
「おぉぉ。煮込みハンバーグじゃん!」
その合間にロンを念話で呼ぶ。
『ロン。ご飯の時間だよぉ~』
『うん。分かったのじゃ。チハルちん』
階段を「ダダダダァァー」と音立てて下りて来るロン。
「ぴょんぴょん」と軽快に飛び跳ねて所定ポジションに着いた。
ロンもパパとお兄ちゃんにモフられる。これもいつものルーティン。
コップに麦茶を入れて、お兄ちゃん、パパの順に手渡す。
「「いただきまぁ~す」」
みんなで食べる晩ご飯。
アツアツの煮込みハンバーグに二人共満面の笑み。
(……良かった。良かった)と私も満足した。
ロンはアツアツ煮込みハンバーグは食べられないので普通のハンバーグを少し冷ましてから、ひと口サイズにカットしたものを用意した。
チーズは固まるから細かく刻んで上にかける。
『うまいのじゃ。チハルちん。もぐもぐ』と喜んで食べるロン。
「チハル。料理がまた一段と上手くなったねぇ」とパパに褒められた。
お兄ちゃんも「ナイスだ。チハル」と言ってくれた。
そこは感謝を込めて『ありがとう』と言ってくれても良いんだが、兄はやっぱり兄だ。
パパは台風で一斉退社になったため早く帰ってこれたらしい。
お兄ちゃんも塾側が早めに帰宅させた。
賑やか家族の団らんをよそに台風はやって来る。
外は「びゅうびゅう」だ。
だが、あったかい晩ご飯の時間は続く……今日は私に触発されてママも始めたヨガの話で弾んだ。
「「あはははは」」
私の家はいつも賑やかだ。
こんばんわ。ラシオです。
お読みいただきありがとうございます。




