伝統を知る
※新たな展開です。
――それから数日後。(少しでもロンたちのことを知ろうと思い)
私は学校の帰りに町の図書館を訪れた。
本を探して、静かな書庫フロアの本棚の間を歩くと。
ふっと気づけば、向こう側に同じ学校の制服を着た女の子がひとり。
凝然とこちらを見つめている姿に気づいた。
「たしか、彼女は…………」
思い出そうとしていると、向こうからこちらへ近づき声を掛けられた。
「狭井チハルさん」と少し澄んだ声ではっきりと名前を呼ばれる。
「はい、あなたは、たしか……」
「わたしは毛野ミズキです」
……思い出した変わった苗字の人だった。
過去に一度、同じクラスになったことがあるが親しくはならなかったひと。
すっと息を吐き、ミズキは少し口角を上げて問いかけた。
「ところでお聞きします。あなたは守護神様を知ってますか?」
その言葉を聞いて驚いた! ……この時点で私は警戒せざるを得ない。
これはかなり前に一度だけロンに教えてもらったこと。私が暮らすこの地域周辺では守護神様がいる祠は小高い丘の上だけで、他には無い。
(……では、彼女はなぜ?)
そのことを知っているかは、謎だった。
こちらが身構えた素振りを見るや、愉悦な笑みを浮かべてミズキは話を続ける。
「あなたはいずれ、ここにくると思ってましたわ。それはあの子ぎつねと一緒でないとき、しかも、近くにいない。または、ここにこれないときに、あなたとは話をしたかったのです」
固唾を飲む私にミズキは落ち着きはらったように言葉を加えた。
「……先に申しますが、私は地球人ですよ。あなたの敵ではありませんわ。
では、お聞きしますが、あなたはここに何を知りたくて訪れたのでしょうか?
1.格闘術について、2.動物の生態について、3.古来の神々について」
私は冷静を装って答えた。
「“1“ ですかね」
「いえ、あなたが知りたいことは、“3“ ですよね。違いますか?」
ストレートに言い当てられ「ドキッ!」と鼓動する。
チハルは自分の気づかぬ間に焦りが顕著に現われる。
手汗が滲み、心臓の鼓動が(ドク、ドクと)頭の中をかけめぐった。
恐れ入谷の鬼子母神とはこのこと。さらに間髪入れずにミズキは言う。
「残念ですが、あなたが求める答えは、ここで見つけることはできませんわ。なぜなら、それは封印された歴史。そう、表に出てこない歴史ですから知りたいのでしたら、ココに来てください。但し、子ぎつねは連れてこないこと」
……差し出されたメモを受け取る。
「では、失礼。チ・ハ・ルさん」
ミズキはサラッと流れるようにその場を去って行った。
「…………」彼女の背中を眺めて見送った。
突然の出来事で何が何やらと考えることが多くて、まずは落ち着くことを考えて誰もいないテーブル席に腰を下ろした。
(……彼女はなに?)
何を知っていて、どこまで知っているのか。それにロンについても詳しい。
「はあぁぁ~」と重い吐息をついた。灰になるとはこんな感じなんだろうか。
(……突然の難題に、その結末ってなに?)と誰かに訊いて見たい。
悄然とした重い空気に流されながら数分が過ぎて行く。
彼女のメモに目を落とす。――そこに書かれた住所と簡単な地図。
(……行って見るべきか)
悩むところだが、まずは行動だ。選択肢は多いに越したことは無い。
そこから得られる事象を見つけて変えて行けばいい。席を立ち上がり、気になる書物の棚をひと通り確認してから図書館をあとにした。
――それから数日して、私は学校でミズキさんを探したが姿を見つけることが出来なかった。
それとなく彼女のクラスの人にも、どんな人なのか訊いてみたが、どこにでもいるような目立たない普通の子。
結果、手渡されたメモのところに行くしかないのであろうか。
自分の教室に戻ってから、友達にそれとなしにどんな場所なのか聞いて見たが普通の住宅街の一角。その周辺にも変わった人物が住んでいる訳でもないことは確認した。
では、そこには何があるのか。何を教えてくれるのだろう。封印された歴史ってなに?
……また、考え出すと情報不足で混乱する。
私は清水の舞台より飛ぶ女。望むことなら無事でいたい。
「仕方ないね。行って見るでおじゃる」
友達に「どこに?」とツッコミを入れられるが適当に誤魔化す。
――学校の帰りにメモに書いてある住所のお宅へと出向いた。
白いコンクリートに覆われた、よくあるお金持ちさんのおうち。
ここが毛野ミズキの自宅では無いことは知っている。
電車を乗り継いで、少し遠くまで来ているからだ。
門のところにあるインターフォンを鳴らす。
(……頼もう)と言いたい気持ちを抑えて「あのうぉ。ミズキさんのお友達のチハルと申します」と丁寧に尋ねた。
インターフォンの向こうから女性の声で入って下さいと言われる。
鉄柵の門の自動ロックが外れて少し驚き、小庭を進み階段を登って玄関ドアを開けて中を覗く。
(……よそ様の家の匂い)「クンかぁ、クンかぁ」記憶にない香りが漂う。
中は予想より広く長い廊下があるだけ。
奥から「カチャ」とドアを開ける音がして制服を着たミズキさんが現れた。
「はい。チハルさん靴を脱いでこちらに来てください」
声を掛けられ奥へと入って行く。
ドアの向こうから先は和風のたたずまい、縁側を通り奥にある和室へ案内された。
障子を開き「どうぞ」とミズキさんに促される。
「ほうぉ。……よくきたのうぉ」と声を掛けられた。
部屋の中央に座る小さなおばあちゃんがこちらを見ている。
そこは年季が入った畳の部屋。二十帖ほどあり見事な欄間が飾られている。
「チハルさん。座って下さい」
後ろからミズキさんが声を掛けて障子を閉めた。
小さな可愛いおばあちゃんは、ぺこりと頭を下げてから笑顔を見せる。
「チハルさんや、うちの孫がお世話になっておりますのぉ」
「はあぁ~」と生返事しかでない。……目の前に座るおばあちゃんを見て思ったのだ。
「うむ。あなたが感じた通りじゃ。ミズキも座りなさい」
「はい。では、ご一緒させて頂きます」
「チハルさん。こんなかたちで呼び出してすまなかった」
「いえ、それで。あなたは、私と同じですか?」
「そう。この年まで生きておるが、私も頼まれた者のうちじゃ」
「はあ。そうですか?」
私はすべてを理解できた……。
彼女がいるということは何も私だけが特別ではないということ。
そして私と同じ人は大昔から存在し受け継がれているということ。
「そうか、守るとはこういうこと?」
おばあちゃんはにこにことするだけで何も言わない。
「チハルさん。これで謎は解けました?」
横からミズキさんに声を掛けられて納得する。
……目の前の彼女は先代の人だった。
ミズキさんのひいおばあちゃんにあたる方。
そのおばあちゃんに私はいろいろと教えてもらう。――過去にどのようなことが起こり、時代と共に忘れさられていったこと。
そして彼女たちがどのように生き、仲間のうち命を落としたもの。
耐えきれなくなり自ら命をたったものなど、様々な事柄を聴かされる。
しかし、当時はロンはいなかった。代わりの神獣たちがいたのだが、聞いた話によれば、その代ごとで力を貸してくれる神獣が異なることも教えてもらった。
私も生き延びれば、彼女のように伝えて行かねばならない。
表には出ないひとつの伝統を肌で感じてなんとなく人間らしさを学んだ。
さらに話は夜まで続き、途中までだったが帰ることにした。
再び、何かがあれば相談に乗ってくれることを約束してもらう。
だが、神獣たちにはこの話は厳禁とのこと。
ならば、守護神様に確認することは良いかと尋ねたが、それはむこうも知っているから心に留めておきなさい。これは人が抱える事柄だからと言われた。
自分の身に起こることをなんとなく理解して、私はその場を立ち去った。
お読みいただきありがとうございます。




