第5話 口裂き女 その後
持ち帰った鋏は厳重に保管されることとなった。
持つ者を口裂き女へと変貌させる呪いの鋏ということで調査室では話題となっている。
異能を得るには魂の強さが大事だと最近の研究では論文が出ていたりするが、正直まだまだ眉唾の域を出ない。
だが呉山蛭子を見ているとそれもあながち嘘ではないのだろうと思う。
だって口裂き女に向かって自分の方が綺麗だなんて、よっぽどの魂の強さがなければ言えないだろう。
「ふぅ……」
口裂き女討伐報告書を書き終えた僕は天井を見上げる。
そのまま首を右に曲げて時計を確認すると17時ちょっと前だった。
これは神様が定時で帰れと言ってくれているに違いない。
早速報告書を共有フォルダへアップロードして鞄を引っ掴み、ドアへ向かう途中で服を掴まれた。
「何だよ。僕は帰るんだ」
「何だよじゃねーっすよ。部隊員置いて帰宅っすかぁ?」
「残るのは君たちの自由だ。うちの隊は自主性を重んじているからね」
「まだ別件の報告書上がってないんすけど」
目を閉じて何かあったっけと記憶をたどる。
うーん、何もないね!
「何もない。全部上げた」
「空き家連続灰燼事件の報告書がまだっす!」
「あー……れはまだ調査途中だし。手付けたばっかだし」
「もう二週間っすよ!? 弐実にせっつかれてるんだからお願いしますよ!」
そうは言っても口裂き女事件の対応に追われてたんだからしょうがない。
元はと言えば鉋の担当してる事件だったはずだ。
それが実際に遭遇したら自分では対処できないって話で僕に投げられた。
ちなみに弐実とは第弐実働部隊のことである。
「鉋がちゃんと口裂き女事件の調査を完遂させてたらなー。僕が出張らなければ今頃そっちの報告書があがってたんだけどなー」
「ぐっ……だって、命の方が大事っす……」
「それはそう。僕に回してくれて正解だったよ」
落ち込む鉋の頭を掴んで掻き混ぜる。
「なにするっすか!」
「一丁前に落ち込んでる部下を励ましてるんだよ」
「うぅー……」
「ま、そういうことだから今日は見逃してくれよ。そもそも3時間しか寝てないんだぜ」
「体調管理が優先っすかね……了解っす。お疲れさんした!」
「はいよ、お疲れさん」
部屋を出てまっすぐ駐車場へ向かう。
色褪せた軽自動車に乗り込み、シートベルトをして夕飯の買い出しへ向かった。
行先はいつも使っている最寄りのスーパー、マルフジさんだ。
今日は仕事を一つ終えたのでお酒でも買おうか……。
そう思って缶チューハイのコーナーへ赴く。
好きなレモンのお酒を取ろうとして、横から誰かに掠め取られる。
まぁ、こういうこともあるだろう。
「あれ、幽」
「ん?」
隣にいたのは蛭子だった。
全然気付かなかった……手には僕が取ろうとしたレモンのお酒が握られている。
「今日はお酒?」
「無事に終わったからプチ宴会。一緒に飲む?」
「そうだな……その方が楽しそう」
蛭子の提案で宅飲みが開催された。
幼馴染と水入らず、ゆっくり思い出話をしながら酒を飲み、いつの間にか寝入っていた。
翌朝。スマホのアラームに起こされた。
寝ぼけてピントの合わない目を擦りながら時刻を見ると午前7時。
出勤の準備をしなければ……そう思って起き上がろうとしたが、体が動かない。
正確には上半身を起こせなかった。
首だけ持ち上げて確認してみると、蛭子のでかくて長い脚が僕の胸の上に乗せられていた。
「重い……」
決して女性に向かって言っていいことではないが、体格差というものがある。
持ち上げることを諦めた僕は横に転がって脱出した。
暫くすると蛭子がのっそりと起き上がった。
「おはよ」
「おあよ……」
呉山蛭子は朝にだけは弱かった。
淹れたコーヒーとトーストをテーブルに置く。
「報告書出さなきゃだから先出るぞ」
「うん……」
「鍵は玄関にあるから閉めて事務所まで持ってきてね」
「ん……」
段々返答のボリュームが小さくなっていく。
また寝そうだけど、こっちも仕事があるので行かなければならない。
うつらうつらしている蛭子を置いて僕は家を出た。




