第4話 口裂き女 その3
早速計器に反応があった。
「目標の出現を確認。ですがまだ安定していません」
「うーん……夜界と現世を行き来してるのかな。こちらから出向けば安定するでしょ。行くよ、幽」
そう言って蛭子が歩き出すので慌ててその後を追った。
いつものことだった。
何でも僕は『幸運のお守り』なんだとか。
「君がいると色々と運が良くなるんだよね」
「それ昔からか?」
「そうだよ。だからどこに行くにも君を連れ回した。お陰でよく小銭拾ったよ」
確かにあっちこっちに連れていかれた記憶がある。
でもある日を境にそれがなくなった。
理由は単純。蛭子が引っ越したからだ。
急に一人で過ごすことになって、幼いながらに結構しんどかったな……。
それが大人になって、人の卵事件を生き残って保護されて、就職したら急に蛭子がいたから驚いたもんだ。
ただ、引っ越したのは正解だった。
あのまま住み続けていたら事件に巻き込まれていただろう。
「よろしく、幽」
「うん」
短く返す。肩越しにこちらを見る蛭子の目は嬉しそうだった。
住宅街を歩く。
一見、何の変哲もない整理された区画だ。
アスファルトは少し古く、止まれの文字が削れて消えかけている。
車が行き交う生活感。それが今はさっぱりだった。
口裂き女の噂が広まり始めてから避難する人が続出した。
酷かったのはそれが始まってすぐの頃、一家全員が被害に遭ったことがあった。
それ以降、まるで隙を狙うように夜逃げが増えて、今ではゴーストタウンと化していた。
お陰様で聞き込み捜査はかなり難航した。
住んでいる人の身元を洗って、親戚中を回って訪問しなければならなかったからな……。
『通りの先、目標反応の揺らぎを確認! 出現するっすよ!』
「了」
鉋の報告に短く蛭子が返答する。
いつでも飛び掛かれるように身を屈めた。
すると蛭子の体から青黒いオーラが立ち上り始めた。
彼女は最強たらしめてるのはこのオーラだ。
異能『身体強化』。
人の卵がもたらす試練に、世界で最初に打ち勝った証。
世界で初めて確認された異能。
原点にして頂点。
身体能力を引き上げるというシンプルな能力だが、それが一番恐ろしい。
何せ上限がないのだから。
上がり過ぎた能力で、肉体が崩壊するなんてこともない。
無限に強くなり続ける。
だからこそ彼女は最強だった。
「……し……い……」
「ん? 今何か」
「しっ」
人差し指を立てる蛭子。
彼女の聴力は既に音の出所を突き止めていた。
引き上げられた視力がそれを捉える。
「お出ましだよ」
「……っ」
気付かなかった。
いつの間にか、10m程の距離を置いて一人の女が立っていた。
黒い長い髪。
大きなマスク。
茶色いトレンチコート。
赤いハイヒール。
そして手には鋭い鋏。
「ハハッ、鶏が先か、卵が先かってね」
蛭子が言いたいのはこういうことだろう。
見た目がそうだからそういう異能を得たのか、異能を得たからそういう見た目になったのか。
「この場合、卵が先なんじゃないか?」
「そうだね。自意識がない。異能に喰われて魂が壊れてる。だから大衆が求める姿形になったのさ」
口裂き女はゆらりと動き、マスクに指を引っ掛けてずり下ろす。
普通の口だ。整った顔立ちをしている。
「わたシ……きレい……?」
「この回答の正解が何か、ずっと考えてきた。幽は分かる?」
「いいや。何答えても殺してくるから怪異なんでしょ」
「そう。でも私は答えを見つけた」
一歩前に出た蛭子が腕を組んで口裂き女を見下ろした。
「私の方が、綺麗だ!」
「……」
「……」
流石の僕も口裂き女もこれには閉口するしかなかった。
その隙を狙ったのか、蛭子が一気に距離を詰める。
あとはもう見るも無残な暴力行為だった。
そもそも口裂き女に勝ち目なんてなかった。
何故ならばあの『私綺麗?』の文言は条件付けだ。
異能の力、『共感切開』の発動条件。
文字通り共感を得られなければ異能は発動しない。
「綺麗か聞かれて自分の方が綺麗とか言われたら、やってらんないよな……」
「何か言ったか?」
「聞こえてる癖に」
「ふん」
地面に引き倒され、馬乗りになって殴られ続けた口裂き女は塵となって消えた。
残されたのは持っていた鋏のみ。
それを回収して報告を入れる。
「第壱実働部隊により、魂堕ち異能者田川和美の消失を確認。口裂き女討伐作戦終了」
『了解っす! お疲れさんした!』
「よし、帰ろうか」
鋏を手に振り返る。
蛭子の視線は鋏に釘付けだった。
「ん? どうした?」
「鶏が先か、卵が先かって話、したよね」
「うん。それが?」
「もしかしたら鶏が先だったかも」
蛭子が鋏を指差す。
「それ、こっちの世界の物じゃない。多分、あの口裂き女の本体はそれだよ」
「えぇっ!?」
捨てたい。でも捨てたら怒られる。
「……待って、じゃあ何で僕は口裂き女になってない?」
「何でだろうね。ふふ、気持ち悪いね」
「面と向かってそういうこと言うなよ。傷付くだろ」
臨時本部へ戻る最中、蛭子が腰をかがめて僕の顔を覗き込んだ。
その眼は異能と同じ青黒い色をしている。
まだ身体強化は解いていない。
誰よりも鋭い目は何を見透かそうとしているのか。
「幽、君、なんで人の卵事件を生き残って異能がないんだい?」
「さぁね……色んな検査を受けたけど、結果はシロ。あれやこれや飲まされ、繋がれ、連れ回されて何も出なかったんだししょうがないでしょ」
本部が見えてきたところで蛭子が一歩前に出る。
振り向いた時にはもう目の色はいつも通りの黒だった。
「ふふ、やっぱり気持ち悪いよ」




