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異常存在調査録  作者: 紙風船


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第3話 口裂き女 その2

「おはようございまっす、夜崎さん!」

「おはよう」


 朝だというのに元気に声を掛けてくる職員に脊髄反射で返事を返す。


「今日も死にそうな顔してるっすね!」

「先にやったっていいんだぞ」

「あはは、面白い冗談すね!」


 鬱陶しい相手の顔を今日初めて見る。

 同じ第弐調査部隊の隊員である井上 かんなだ。

 隊長である僕を舐め腐っているのは彼女は【異能持ち】だからだ。

 対して僕は異能無し……無能力者である。

 ちなみに彼女の異能は【動作再現アクター】という力だ。

 見た者の動きを再現して真似るという何てことない力だが、再現している相手が拙かった。

 何故ならば、それは実働部隊最強の人間だからだ。


「あ、呉山くれやまさん! おはようございまっす!」

「おはよ、鉋。今日も元気だね」

「私はいつだって元気っすよ!」


 正面から歩いてきたのは呉山(くれやま)蛭子(ひるこ)

 肩書きは異常存在調査室第壱実働部隊隊長。

 この機関の中で最も強い人間である。

 ちなみに鉋がコピーしているのはこの呉山蛭子の動きだった。

 勝てる訳がなかった。


「おはよ、かすか

「……おはよう、蛭子」

「君はいつも元気がないね」

「僕はいつだって元気ないよ」


 第壱実働部隊隊長と第弐調査部隊隊長がこうしてタメ口で会話できる理由は、僕達が幼馴染だからである。

 年も同じ25だが、誕生日は蛭子の方が先だった。


「元気がないところ申し訳ないけれど、今日はよろしくね」

「いつも通りやれば午前中には終わるよ」

「だといいけど。鉋も頼んだよ」

「任せてください! ほら行きますよ、夜崎隊長!」


 鉋に引きずられるように調査部隊に与えられた事務所へ向かう。

 売店に寄りたかったんだがしょうがない。

 仕事が終わってから飯を買うとしよう。




 勢いよく鉋がドアを開く。


「おはようございます!」


 まばらに帰ってくる死にかけの挨拶に満足そうに頷き、掴んでいた僕の服を手放す。

 そしてまるで僕が何か言いたいことでもあるかのように僕の顔を期待に満ちた目で見つめる。

 そんな目で見るもんだから何かあるのかと皆もこっちへ向き始める。

 此奴ほんま追い出したろかな。


「おはよ」


 それだけ言って自分のデスクに向かうと、何もないことに安堵したのか期待外れだったのか溜息が各所から聞こえてくる。

 デスクの上には一枚の紙。

 そこには『口裂き女討伐許可書』と書かれていた。


「いよいよっすね! しかし昨日のド深夜にあげた報告書で翌朝に許可書って凄い勢いっすねぇ」

「まぁツーツーだしな、うちの組織」

「つーつー……?」


 死語かな……。


「まぁとりあえずうちはサポートだ。現場の邪魔しないように色々手伝う。いつも通りでいい」

「了解です!」


 鉋のでかい声で掻き消されながらも隊員たちの返事が聞こえる。

 うん、いつも通りだ。


「作戦開始は1000(ヒトマルマルマル)。これ言いにくいんだよな……10時でいいじゃんね」

「室長がこっちの方が格好良いって言ってましたよ。食堂で」

「はぁ……まぁいいや。各々準備しといて」




 現着したのは9時半だ。

 第参調査部隊が色々準備してくれてるので僕達がやることは殆どない。

 その代わり実働部隊のサポートという危険任務があるのだから第参部隊は何も文句を言ってこなかった。


「おはよ、夜崎君」

「おはようございます。棚村さん」


 気さくな挨拶をしてくれたのは第参調査部隊隊長の棚村ユキさんだ。

 ふわふわした茶髪に丸眼鏡のおっとりした雰囲気からは予想ができないくらい調査大好きっ子だ。

 子っつっても年上だが。

 彼女は自ら現場に出て調査を行う。

 その姿を見て尊敬し、僕もそうしている。


「いつも大変ね」

「どうせ片付ける機材の搬入作業の方が大変ですよ。お世話になってます」

「いいのいいの。うちは力持ちがいっぱいだから」


 第参調査部隊は主に怪異の探索を担当している。

 普段、人が赴かないような場所を専門に探しているので屈強な人間が集まりやすいのだ。

 ちなみに僕が率いる第弐調査部隊は異能調査がメインだ。

 実際、ここが一番大変だと思っている。

 何せ調査対象のレパートリーが多すぎる。

 異能と言っても実に様々な形態や形状、状態、環境があるからね……。

 だから夜中の0時に事務室に帰ってくるなんていうイカレた職場環境なのである。


「そろそろ作戦開始だね」

「あ、召集されてるんだった。行ってきますね」

「うん、いってらっしゃい。頑張ってね!」


 小さく手を振る棚村さんに手を振り返してその場を離れる。

 召集指定されたポイントには既に多くの人間が集まっていた。

 だがその9割がうちの調査部隊だ。

 何故ならば、第壱実働部隊とは呉山蛭子単独で成り立っているからである。


「おはよう。今日もよろしく」


 蛭子の挨拶一つで士気が上がる。

 実力も随一だが結局見た目も良いからな……。

 腰まで届く黒髪のロングで切り揃えられた前髪が強調する切れ長の目は人の目を引く。

 そもそも背が高い。180を越える長身は非常に目立つ。

 おまけに出るところも出てて引っ込むところは引っ込むモデルのようなスタイル。

 これで人気が出ないはずがなく……うちの部隊では第壱実働部隊との合同作戦を『ご褒美』と称する者すらいた。


「さて、本日の作戦だが改めて説明しておく。この先の通りから先は口裂き女のテリトリーだ。第弐調査部隊は観測班として奴の出現位置の予測と探知を。第壱実働部隊……つまり私は出現箇所へ行き、処理に当たる。以上」


 要は見つけたらシバく。それだけだった。

 数多くの犠牲者を生み出した異能者、口裂き女。

 出会った者の口を切り裂く技術は恐ろしく緻密で、必ず首の皮一枚を残すのだ。

 切断には至らず、切り裂くのみ。

 だからついたあだ名は口裂き女だった。

 調査結果は怪異ではなく人間で、本名は田川和美。

 経緯は不明だが異能の力を手にしてしまい、それが原因で自我が喪失、暴走してしまう。

 これを業界用語で『魂堕(たまお)ち』という。

 自我があり、暴走しなければ優秀な実働部隊員になれただろうに……だがこればっかりはどうしようもない。


「じゃあ始めよう」


 蛭子の言葉で部隊は動き始めた。


1000(ヒトマルマルマル)。これより口裂き女討伐作戦を開始する」

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