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異常存在調査録  作者: 紙風船


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第2話 口裂き女 その1

 報告書を読み直して誤字脱字がないことを確認してから天井を見上げる。

 外した眼鏡をデスクの上に置き、ふぅー……と息を吐く。


「今何時だ……」


 時計のある方向を見たが眼鏡を外していたことを思い出して掛け直した。


「2時て。泊まろかな」


 時計の針が示していたのは午前2時。

 確か調査報告書を書き始めたのは0時前だったか。

 現地から戻って忘れないうちにと始めた作業はあっという間に時間を吹き飛ばしていた。


「メモ書き程度にと思ってたのに張り切りすぎたなぁ」


 事務所には僕しかいない。

 調査報告書記録者欄にある自分の名を眺める。

 夜崎幽。それが僕の名前だ。

 なんて事のない名前だった。

 けれど例の事件の所為で一躍有名人になってしまった。


「……」


 再び書類に目を落とす。

 『人の卵事件』というワードは僕とは切っても切れない縁の深いワードだった。


 人の卵。


 勿論そんなものは普通、存在しない。

 何故なら人間は胎生だ。

 鳥や爬虫類のような卵生ではない。

 では何故、人の卵なんてワードが生まれたのか。


「……はぁ」


 思い出すだけでも憂鬱だった……考えたくもない。

 出来上がった調査報告書を共有フォルダにアップロードしてPCをシャットダウンする。

 これから帰るのも憂鬱だが、帰らなければ風呂にも入れない。

 といってもここから家まで車で10分だ。

 だからこそ無理をしていたとも言える。


 車を走らせ、自宅であるマンション、リバーサイド横川の駐車場へ駐車する。

 欠伸をしながら家の鍵を開けて中へ入る。

 パチリとスイッチを押して照らされた部屋は空き巣でも入ったかのような惨状だった。

 足で脱ぎ捨てられた服や段ボールなんかを避けながら道を作っていく。


「次……次の休みで片付ける……」


 休みの日は自動的に大掃除の日というのも日常となったのは僕が異常存在調査室に就職してからだ。


 異常存在調査室。


 人の卵事件以降、世界は改変された。

 その改変に伴い起ち上げられた機関である。


 人知の外側の力、異能。

 データでの観測のみできる狭間の世界、異界。

 そして異界から現れる怪物、怪異。


 この三つを調査し、保護、或いは処理をする機関……それが異常存在調査室だ。

 名前だけ聞くと小規模な個人経営なようにも感じるが、実際は政府が絡んでいる大きな機関だ。

 調査部隊や戦闘をメインとした実働部隊なんかもある。

 調査報告書を書いていた通り、僕は調査部隊に所属している。

 これでも一応、第弐調査部隊隊長を務めていたりと階級は上の方だったりする。



「……」


 歯を磨く為に立った洗面台の鏡に映る自分を見る。

 何の変哲もない平凡な顔だ。

 有難いことに不細工ではないが、残念なことにイケメンでもない。

 ある意味では一番良いかもしれない。……が、これといってメリットはない。


「こんな顔した男が、あの歴史の転換点、人類史上最大の悲劇の唯一の生き残りか……」


 もっとイケメンだったら主人公になれたのにと心の中で愚痴を吐く。

 人の卵事件を生き残った男は、今もなお事件に心を縛られながら生きていた。


 シャワーを終えて布団に入る頃には4時前だった。

 布団に入ると言ってもベッドではない。

 いつもリクライニングチェアに座って寝ていた。

 暑い日はタオルケットで、寒い日は毛布で。

 今の時期……夏が終わった頃であればまだタオルケットでいいだろう。

 癖のようなものだった。深く寝入るのが怖かった。

 お蔭様で寝過ぎることもなく遅刻もしないが、目の下の隈は濃くなる一方だった。




 3時間後。午前7時。

 寝る前から明るかった空はすっかり晴れ渡り、雀の鳴き声が耳障りだ。


「ん……」


 器用に椅子の上で寝返りを打ち、サイドテーブルの上で充電ケーブルに繋がれたスマホを確認する。

 特に連絡なし。今日は良い朝だ。雀の鳴き声が心地良い。


「ふぁ……行くか……」


 体を起こした僕は椅子から降りて身支度を始める。

 ついさっき洗った顔を洗い、ついさっき磨いた歯を磨き、ついさっき着ていたスーツに着替える。


「……」


 地獄みたいな行動にそろそろ嫌気が差してきた。

 だからと言って今更辞められない。


 それに今日は、いよいよ『口裂き女』の処理決行日である。

 行かない訳にはいかなかった。


「……よし」


 頬を軽く叩いて気合いを入れる。

 ついさっき閉めたドアを開いて、僕は異常存在調査室へ向かった。

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