第12話 連続空き家完全燃焼事件 その3
霧原霞は夢を見た。
「空から天使が降りてくる夢でした。陽炎で揺らいだ姿の天使が私の前に降りてきて、その炎が私の中に吸い込まれて……起きたら40度の高熱でした」
テーブルを挟んだ対面に座る霧原霞が語り始めた。
内容としては夢の啓示。これは異能獲得者に多く見られる傾向だ。
『人の卵』に触れた人間にすら発生する現象である。
あの卵に触れると、まず意識を失う。
これは卵にされた1万5千人の魂魄情報が流れ込んでくるからだ。
魂にはその人間の過去と現在、そして未来が内包されている。
その人間の人生の全てがそこにあるのだ。
それが1万5千人分、一気に頭の中に流れ込んでくるのだ。
気絶しない方がおかしいという話である。
その後、魂がパンクして絶命するか、異能を獲得するかは本人の魂魄強度に寄るが……こうした人の卵に触れず、自然発生で異能を獲得する場合は比較的、魂魄強度が低くても異能を獲得できてしまう。
異界からの接触や異界物質に触れる等の方法で異能が覚醒するので卵とはまた別の由来となる。
霧原霞は完全に卵とは別由来の、しかし確かに異能覚醒者だった。
「熱はその日のうちに引いたんですけど、それか、ずっと体の奥で熱が燻ってる感じがずっとしてて……それを抑えられないって自覚して、慌てて……」
「最寄りの空き家に駆け込んだ?」
「……はい」
それが連続空き家完全燃焼時間の始まりだった。
定期的にくる発作のような熱。
それを発散する為の場所として空き家は実に有効だった。
まず、誰も住んでいない。
ということは人的被害がない。
次に、誰にも見られない。
当然これは気を付けていた場合は、だ。
屋内に侵入する瞬間と、焼失後の一瞬。
とはいえこればっかりは偶然に偶然が重なって直接的な目撃情報がなかった。
「運が良かったね」
「自分でもそう思います。ただ、やっぱり罪悪感はずっとあって……今は誰も住んでいないというだけで、誰かの名義はある訳ですし、もしかしたら帰ってくる場所だったかもしれませんし」
「まぁ、そうだな。こちらで調べたところ、焼失した空き家7軒の内、不動産名義の物件が5件。個人名義の物件が2件だ」
「謝って済む話ではないとは思いますが……償いたいです」
とは言うものの、家7軒の弁償なんて子供ができるレベルではないだろう。
かと言って親が払えるレベルですらない。
……ま、その為に僕達がいるんだけどね。
「金銭的な負担はこちらでするから問題ないよ。ただ、誠心誠意謝罪は必要だけどね」
「えっ? 負担、ですか?」
「そう。条件付きにはなるけどね」
その条件というのが調査室での保護という名の監視・管理だった。
つまり今の僕と同じ状態になるということである。
説明を終えると、霧原さんは何度も頷いていた。
「とまぁ、監視・管理とは言っても僕みたいなただの職員って感じになるかな。霧原さんは学生だからアルバイトという形になると思う。だからちゃんと給料は発生するし、おまけに異能の扱い方も学べる。好待遇だと思うよ」
「ま、蹴ったら賠償金は全額負担ッスけどね。普通にちゃんと逮捕されるし」
「いらんこと言うな」
「すんませんッス」
悪いって思ってない顔をしている。
しかし鉋の言葉は正しかった。家を何軒も放火しておいて無罪放免というのは、あり得ない。
異常存在調査室が保護するからこそ、そういった免責が発生するのだ。
「あの、母と相談した上で回答しても大丈夫ですか?」
「勿論。ただし同席させてもらえるかな。ちゃんと僕らからも説明しないと、その、大事になりそうだし」
一連の連続放火事件の犯人は私です! と言うのだからとんでもないことになるに違いない。
「心強いです……ありがとうございます」
机に額がつく程に頭を下げる霧原さん。
その様子を見た僕と鉋は互いに視線を交わし、頷き合った。
異能が人生を狂わせる時代にこれ程しっかりした子が異能に目覚めてくれるとはね……。
追い詰められた状況で人だけは殺さないようにと抗った少女。
霧原霞は絶対に調査室が守らなければならない人間だった。
思ったより事情聴取が長引いた。時刻は夕方、16時。
家に着くと疲れた顔の女性が出迎えてくれた。
霧原さんのお母さんだろう。
「こういう者です。本日は霧原霞さんが持つ力についてお話に参りました」
名刺を差し出しながら挨拶をする。
震える手でそれを受け取った女性は信じられないものを見る目で、僕の隣で小さくなっている霞を見た。
「霞……あんた……」
「ごめんなさい、お母さん……」
やはり女性は霞の母親だった。
通してもらった居間は整理された空間だった。
ただ、どこか温かみの感じない空間でもあった。
その原因は間違いなく隣家が燃えたことだろう。
次はうちかもしれないという不安が、この団欒の場から熱を奪ったのだ。
「ありがとうございます」
出されたお茶に手をつけ、唇を湿らす。これから話すことは非常に難しく、長い。その為の準備運動だった。




