第10話 連続空き家完全燃焼事件 その1
嫌な夢を見た。
あの日、虎ケ崎市の市民1万5千人が消失したあの日。
僕は駅前のロータリーの中心で肉塊を持つ異形を見ていた。
頭をすっぽりと白い布で覆い、黒い着物を着た化け物だった。
着物の隙間から覗く肌は肉塊と同じような赤黒い肌で、表面に走る血管が脈動する様子ですら瞼に焼き付いている。
隣にいたお父さんとお母さんはいつの間にかいなくなっていた。
悲鳴一つ……いや、物音一つしない無音が耳元で騒いでいた。
僕は異形に尋ねた。
「ねぇ、お父さんは? お母さんは?」
異形は何も答えず、手の平の上に浮かんでいた大きな肉塊を僕の前に浮かべた。
見上げた布の隙間から見えた顔は、無花果のようなグチュグチュとした肉だった。
目も鼻も口もない、のっぺらぼう。
だが声だけが直接頭の中に響いた。
「お父さんとお母さんは、ここにいるよ」
と。
共有フォルダにアップロードされた報告書を読んだ部下の井上鉋が『これってぇ』と聞こえるように呟く。
間の抜けた声に、意識が過去から現在に引き戻される。
「隊長が足で稼いだ情報なんスか?」
肘をついて歪んだ顔がモニターの明かりに照らされる様は実に不細工だ。ムカつくガキだぜホント。
「お前は僕を何だと思ってるの?」
「隊長ッス」
「あぁ、言い換えれば上司だよな。あんま舐めてると人事と飯行くぞ」
「隊長はもっと色んな人と交流した方が良いッスよ」
「ムカつくガキだぜホント」
こういったやり取りは常日頃からやっているからか、周りの隊員は『あぁまた子供の喧嘩してるよ』といった目で見ていた。
ま、言い換えれば信頼の証だ。
「犯人像が学生。持て余した異能をぶちかましてる馬鹿か、扱えずに、しかし人的被害を極力ゼロに留めようとしている善人か……僕としては後者の方が有難いけどね」
「誰だって後者でしょ、普通は」
「いや、蛭子は前者だな。ぶっ飛ばす理由ができるから」
「あー……」
他の面々も頷く。
呉山蛭子とはそういう認識の女だった。
「それで、結局どうするんです?」
「書いてあるだろ。張り込み調査。僕と……そうだな。吉村、いけるか?」
「えっ!?」
素っ頓狂な声を上げたのは小柄で眼鏡を掛けた男だった。
吉村良平、21歳。
調査室に就職したばかりの新人だ。
異能もなく、これと言った特徴もない男。
だが目を見張るべき部分がある。それは捜査上における証拠品を見つけ出す能力。
先の口裂き女事件も吉村が決定的証拠として鋏の特有の上下に数mmズレた断面を遺体から発見したのだ。
その結果、凶器と異能の断定に繋がった。
「僕、休暇申請出してて……」
「ん? そういえば書類提出してたな……うーん、じゃあしょうがないか……お前がいたら助かるんだけどな。こればっかりはしょうがない。しっかり休めよ」
休暇は必要だ。何故ならば、僕だって休みたいからである。
「じゃあ一人で行ってくるか。あとよろしく、鉋」
「名指しッスかぁ!?」
「君、副隊長だもん」
吠える鉋を背に、手荷物を持った僕は第弐調査部隊事務室を後にするのだった。
住宅街の道路の端に車を寄せた。
降りた先にあるのは空き地。
だがここには以前まで空き家があった。
築40年の年季が入った木造家屋。無人だったが管理はされていたようで、とても状態が良い家だったと聞いている。
しかし今は影も形もない。ただの火事であれば、炭や家電といった燃えカスが残るはずだ。
だが目の前にはまったくもって何もなかった。
本当に何もなかった。あるのは高熱に晒され、ガラス化した地面だけだ。
指先でなぞるが、熱はない。
「あら、あなた……」
「あ、どうも」
背後から声を掛けられ、振り返ると以前聞き込み調査をした時にお話を聞かせてもらった近所のおばちゃんだった。
「調査室の方でしたっけ。まだ犯人、捕まってないのかしら」
「申し訳ありません。目下捜索中です」
「そうなのね……空き家ばっかり燃えてるでしょう? 燃やす空き家がなくなったらと思うと不安で夜も眠れなくてねぇ……」
確かにそうだ。今は空き家に絞って燃やしているが、その空き家がなくなったら次は民家かもしれない。
その不安は当然のものだった。
「こちらも全力で調査いたします。また何か情報があれば依然お渡しした名刺の連絡先に電話してください」
「えぇえぇ、すぐに電話しますね」
ぺこぺこと会釈しておばちゃんは自分の家の方へと歩いて行った。
その隣を、自転車に乗った女子学生がおばちゃんの横を通り過ぎた。
そのまま僕の方へ向かってくる。
道の邪魔になると端に避けた僕は、女子学生を見やる。
「……」
その女子学生の目が僕の顔を、服を、そして首から提げた異常存在調査室員であるネームプレートを見た。
その目が一瞬、わずかに細くなったのを見逃さなかった。
「君、ちょっと」
「……っ」
無視された。おまけに立ち漕ぎで逃げられた。
さっきのおばちゃんも振り返って怪訝な顔をしている。
普通に僕が不審者扱いされていた。




