表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢なんですが、頼りたい女神がポンコツすぎて泣きそうです  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/31

第8話「王都から、嫌な風が吹いてくる」

神殿の評判は村の外へも少しずつ広がっていった。


 子どもの熱を癒やした話は、隣村へ、そのまた隣村へと伝わっていく。わざわざ一日がかりで遠くから拝みに来る者まで現れた。お供えも目に見えて増えていく。そのおかげで雨漏りの屋根に新しい板を張り、割れた窓を塞ぎ、祭壇には真新しい蝋燭を灯せるようになった。天井の大穴だけは、当の女神が「あたしの玄関だから!」と言い張るので、そのままである。荒れ果てて誰も寄りつかなかったあの廃神殿が、日に日に、人のぬくもりを取り戻していく。


 順調すぎる、と、もっと警戒すべきだったのだ。


 その男はよく晴れた昼下がりにやってきた。金糸の縫い取りも豪奢な祭服に身を包み、胸には光神アルバの紋章を提げている。ひと目で、王都の大神殿から遣わされた高位の聖職者だとわかった。供を二人も従えて、ずいぶんと仰々しい一行である。


 男は神殿の中をぐるりと見回すと、露骨に眉をひそめた。修繕したとはいえ、所詮は田舎の古い神殿だ。王都の壮麗な大神殿を見慣れた目には、ひどくみすぼらしく映ったのだろう。


「ここが、噂の神殿か。ふん、ずいぶんとみすぼらしいものだな」


 男は芝居がかったため息をついた。その態度だけで、こちらを見下しているのがありありと伝わってくる。


「私は、大神殿の司教ヴァルター猊下の名代として参った。近頃この地で、忘れられた古き女神が復活したと、不届きな噂が流れている。光神の秩序を乱す、由々しき異端の疑いがある。それを確かめに来た」


 異端。その不穏な言葉に、傍らに控えていたハンナがびくりと身を強張らせた。私はさりげなくその手を握って、落ち着かせる。


 そして、令嬢の微笑みで応じた。とびきり丁寧に、けれど一歩も引かずに。


「異端だなんて、とんでもないことですわ。ここはただ、村の人々のささやかな願いを聞くだけの、慎ましい神殿でございます」


「ほう? では、その女神とやらを見せてもらおうか。本物だと言い張るのなら、な」


 まずい、と思ったときにはもう遅かった。


「はーい、あたしが女神だよ〜」


 奥から、当の女神がのんびりと出てきてしまった。あろうことか、その手には食べかけの干し芋。神々しさよりも先に芋である。場の空気を、まるで読んでいない。


「お客さん? わあ、すっごく立派な服着てるね〜。お芋、いる?」


「……っ、ぶ、無礼な!」


 名代の顔がみるみるゆで蛸のように赤く染まった。供の者が慌てて主人をなだめにかかる。私は内心で頭を抱えた。神様、後生ですからこういうときくらいは神様らしくしてください。


「光神に仕えるこの私に、芋を勧めるとは……! やはりまやかしだ。本物の神が、このように軽々しく振る舞うはずがない!」


 名代は吐き捨てるように言うと、壁際に控えていた監察官に鋭い目を向けた。


「グリュン監察官。貴公の報告を、猊下は首を長くしてお待ちだ。この神殿が異端である動かぬ証拠を、早急に上げてもらいたい。よいな。猊下のご不興を買えば、貴公の立場も危うくなるぞ」


 テオは無表情のまま深く一礼した。けれど――何も答えなかった。「ただちに」とでも言うかと思ったのに。その沈黙がなぜだか私には少し意外に思えた。


 名代は最後にもう一度、神殿をじろりと睨めつけて、供を連れて去っていった。馬車の音が遠ざかると、神殿には重たい沈黙だけが残された。


「……お芋、食べてくれなかったね」


「そういう問題じゃないんですよ、セレス様」


 私は深々とため息をついた。胸の奥がざわざわと嫌な感じに騒いでいる。これまでは村の中だけの、のどかな話だった。けれど今、王都という大きな影が、はっきりとこちらを向き始めている。


「お嬢様……わたしたち、大丈夫でしょうか」


 不安そうに袖を握るハンナに、私は努めて明るく笑ってみせた。


「大丈夫よ。まだ、何も起きていないわ」


 けれど、その言葉がただの強がりだということは、自分が一番よくわかっていた。


「アーベライン嬢」


 と、テオがめずらしく、自分から口を開いた。


「司教ヴァルターは、古い信仰を心底嫌っておられる。光神のもとに国の信仰をひとつにまとめる。それが、あの方の揺るがぬ信念だ。暁の女神の復活など、あの方にとっては根絶やしにすべき異端でしかない」


「それは……忠告、ということですか。私たちを取り締まる側の、監察官さまが?」


「……ただ、事実を述べたまでです」


 テオはぷいと顔を背けた。けれど、それは紛れもなく忠告だった。私たちを潰す側にいるはずの彼が、敵の動きをそっと教えてくれたのだ。


 神を信じないと言い切ったあの人の中で、何かが確かに、少しずつ動き始めている。


「セレス様。どうやら、のんびりお芋を食べている場合じゃなくなってきましたよ」


「むむ、そっか。じゃあ、あたし、もっとがんばって働く?」


「ええ。守らなければなりませんから。この神殿を」


 窓の外、王都へと続く街道を見つめながら、私はぎゅっとこぶしを握った。守りたい。この神殿を。ハンナの祈りを。そして――芋を片手にへらへら笑う、どうしようもなく世話の焼けるこの女神を。


 いつのまにか、私の「打算」の中に、守りたいものがいくつも紛れこんでいた。


次話:「灯がともる、祭りの夜に」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ