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悪役令嬢なんですが、頼りたい女神がポンコツすぎて泣きそうです  作者: 夜凪 蒼


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第4話「ご利益、でっち上げます」

ヨナの子ヤギ騒動から数日が過ぎた。神殿にはぽつりぽつりと人が訪れるようになった。


 はじめは遠巻きに様子をうかがうだけだった村人も、ヨナが言いふらしてくれたおかげで、少しずつ敷居をまたぐ勇気を持ち始めたらしい。とはいえ、まだ一日に一人か二人。それでも長らく誰も来なかった廃神殿のことを思えば、たいした進歩だった。


 その朝やってきたのは、村で畑を耕しているおかみさんだった。日に焼けた手で前掛けを握りしめ、何度も後ろを振り返りながら、おずおずと近づいてくる。


「あの……女神さまが、願いを叶えてくれるって、ヨナが言うもんだから」


 願いを叶える。その言葉に、私は内心でそっと身構えた。叶える力を持っているはずの女神は、今この瞬間も祭壇の隅でお供えの干し杏をもぐもぐ食べている。神々しい顔をして、完全に油断しきっていた。あれは戦力にならない。


 仕方がない。こうなったら、ご利益は人の手ででっち上げるしかなかった。


「どうぞ、お話を聞かせてくださいな。女神さまにお取り次ぎいたしますわ」


 私はおかみさんを長椅子に座らせ、ゆっくりと話を聞いた。畑の場所。日当たり。水はけ。去年との違い。社交界で鍛えた話術は、こういうときにこそ役に立つ。相手が口にした言葉の、その裏に隠れている本当の困りごとまで、丁寧に拾い上げていくのだ。


 話を聞くうちに、答えはおのずと見えてきた。


「おかみさん。その畑、去年、近くの川の堰を直しませんでした?」


「あらやだ、なんでわかるんです? 直しましたよ、村総出で」


「水の流れが変わったんですわ。畑の水はけが良くなりすぎて、土がすっかり乾いてしまっている。だから作物が育たないの」


 おかみさんの目が、まんまるに見開かれた。私はここぞとばかりに声を厳かにする。


「藁を敷いて、土の湿り気を逃がさないようになさい。あとは肥やしを多めに。そうすれば来年はちゃんと実りますわ。……と、女神さまがおっしゃっています」


「ありがたや……! さすが女神さま!」


 おかみさんは何度も頭を下げて帰っていった。その後ろ姿を見送って、私はほっと息をつく。当たっているといい。外れたら、また嘘つき令嬢が一人増えるだけだ。


「リーゼちゃん、すごいねえ。あたしより神様っぽい」


 いつのまにか隣に来ていたセレスが、感心したように言った。口の端に干し杏のかけらをつけている。胸を張るところではない。あなたが神様なのだ。


「あたしも手伝う! 次の人、あたしがやってみたい!」


「いえ、けっこうです。セレス様は座って神々しくしていてください」


「えー! やってみたいー!」


 むくれるセレスを宥めているうちに、次の参拝者がやってきた。腰が痛むという、村のお年寄りである。止める間もなく、セレスが勢いよく進み出てしまった。


「まかせて! あたしが治してあげる!」


 そう言って、お年寄りの腰にぴっと指を向ける。指先に淡い光が灯った。今度こそ本物の奇跡かと、私は思わず息を呑む。


 次の瞬間、その光がぼんっと音を立てて弾け、お年寄りの白髪がぶわっと逆立った。


「ひゃっ!?」


「あ、あれ? ……ごめん、加減まちがえた」


 しん、と神殿が静まり返る。見事に逆立った白髪のお年寄りと、見るみる青ざめていく女神。私はとっさに駆け寄って、お年寄りの背中をさすった。


「だ、大丈夫ですか? ……まあ、なんということでしょう。女神さまのお力が強すぎて、つい。これはきっと、若返りの兆しですわ」


「お、おお、若返り! こりゃありがたい!」


 苦しまぎれの言い訳だったが、お年寄りは存外うれしそうに帰っていった。肝心の腰のことは、すっかり忘れてしまったらしい。結果オーライ、ということにしておこう。


「……セレス様。お願いですから、しばらくおとなしくしていてくださいね」


「うう、ごめんなさい……」


 しょんぼりと耳を垂れた犬みたいに小さくなる女神を見て、私はため息をついた。頼りになるどころか、放っておくと厄介を増やす。本当に、世話の焼ける神様である。


 壁際では例の監察官が相変わらずこちらを見ていた。テオドール・グリュン。今の白髪逆立て事件も、しっかり書きつけているに違いない。


「監察官さま。何か?」


「……いえ。あなたは神の声など聞いていない。今のおかみさんの件も、ただの農事の知恵だ。それを女神の託宣と偽っている」


「あら、心外ですわ。女神さまのお導きですもの」


 テオは何か言いかけて、口をつぐんだ。その視線は神殿の外へと向いている。さっき帰ったおかみさんが、井戸端で近所の女たちを相手に、何やら熱心に話しこんでいた。きっと女神さまの話だ。その顔は来たときよりずっと明るい。


 テオはそれをしばらく見つめてから、手元の紙に視線を落とした。「まやかし」と書こうとして、ペンが止まっている。私はその小さな迷いを見逃さなかった。


 この人、案外、根は真面目なのかもしれない。


 その日、祭壇にはいつもより多くのお供えが並んだ。干し杏。卵が三つ。繕い物に使えそうな布きれ。それから、小銭がいくらか。豪勢とは言えないけれど、昨日より確実に増えている。


 お供えが集まれば、信仰が集まる。信仰が集まれば、女神の力が戻る。詰んだと思っていた盤面が、少しずつ、いい方向へ動き始めていた。


「ね、リーゼちゃん。あたし、ちょっとは役に立った?」


 お供えの卵を物欲しそうに眺めながら、セレスが上目遣いに聞いてくる。白髪を逆立てた一件を思えば、役に立ったとは口が裂けても言えない。けれど。


「……まあ、ご愛敬の範囲です」


「やった! じゃあ卵食べていい?」


「一つだけですよ」


 無邪気に喜ぶ女神を見ていると、不思議と肩の力が抜けた。辺境に追い払われた令嬢の暮らしとしては、なかなかどうして悪くない。王都で陰口に耐えていたころより、よほど息がしやすかった。


次話:「拝む人がいない神殿で、ひとりだけ本気」

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