第28話「最後の日まで、笑っていたいから」
別れの前の夜。
やりたいことリストはほとんど叶え終えていた。最後の夜は神殿でささやかな宴を開いた。私と、セレスとハンナとテオ。四人だけの小さな、けれどあたたかい夜。テーブルにはセレスの好物が所狭しと並んでいた。
セレスはごはんをたらふく食べて、満足そうに笑っていた。その笑顔を私は目に焼きつけた。明日にはもう見られなくなる笑顔を。一つ残らず覚えておきたかった。
宴の途中。セレスがふいに、私とテオの背中をぐいっと押した。
「ちょっと、二人で外、見てきたら? 今夜の星、すっごくきれいだよ!」
「えっ、ちょっ、セレス様!?」
強引に外へ押し出される。神様の力なのか、ただのお節介なのか。たぶん後者だ。振り返ると、セレスがにやにやしながら手を振っていた。最後まで調子のいい女神である。隣でハンナまでくすくす笑っている。グルだ。
神殿の外。冬の星空が凍るように澄んでいた。白い息が夜にとけていく。テオと二人、並んで星を見上げる。しばらく、どちらも何も言わなかった。
「……寂しく、なりますね」
先に口を開いたのはテオだった。
「ええ。とても」
「セレス様がいなくなったら。あなたは、どうしますか」
「……わかりません。きっと、しばらくは、泣いてばかりです。でも、神殿は守ります。ハンナと、村のみんなと。セレス様が、空の上から見て、安心できるように。あの人が遺してくれた、この場所を」
テオはしばらく黙ってから、ぽつりと言った。星を見上げたまま、覚悟を決めたように。
「そのとき。私も、隣にいても、いいですか」
私ははっとしてテオを見た。彼は星を見上げたまま、耳まで赤くしていた。あの冷たかった合理主義者が。神を信じないと言い切った、あの人が。
「監察官の任務は、もう終わります。報告書も、出しました。でも、私はこの村に残ろうと思います。あなたの、そばに。……あなたを、支えたいんです」
「テオ……」
「セレス様がいなくなった、その寂しさごと。あなたを、ひとりにはしません。隣で、いっしょに、あの人を思い出します。何度でも」
不器用な、けれどまっすぐな言葉だった。私の胸にあたたかいものが灯る。セレスとの別れの寂しさの、すぐ隣に。新しい灯がともった。失うばかりじゃないのだと。
「……はい。いてください。ずっと、隣に」
気づけば私はそう答えていた。涙がにじんだ。けれど、それは悲しいだけの涙じゃなかった。テオがほっとしたように笑う。冷たかったその横顔が、今はこんなにもあたたかい。
ふと、視線を感じて振り返ると。神殿の窓からセレスとハンナがこっそり覗いていた。目が合うと、セレスが満面の笑みで両手で大きな丸を作る。
「うまく、いったー!」
「み、見てたんですか!?」
「最初から、これが目的だったの! あたしがいなくなっても、リーゼちゃんが、ひとりぼっちにならないように!」
最後までお節介な女神に、私は泣き笑いで抗議した。自分のことより私のことを。最後の最後まで、この子は誰かのことばかり。
最後の日まで笑っていたい。それがセレスの願いだった。だから私も笑う。明日どんなに泣くことになっても。今夜はめいっぱい笑って過ごすのだ。あの、お日さまみたいな女神と一緒に。涙は明日のためにとっておく。
次話:「もう、迷子にならないで」




