第27話「満ちてしまう、その前に」
神殿は守られた。
司教ヴァルターは王都へ戻り、暁の女神をローエンの守り神として認める書状を正式に出してくれた。閉鎖は撤回。それどころか、王都の大神殿からもささやかな援助が届くことになった。村人たちは大喜びで、神殿をもっと立派に直そうと張り切っている。槌の音が朝からにぎやかに響く。
めでたい。本当にめでたい。長い戦いがようやく報われたのだ。
なのに神殿の片隅で、私とハンナとテオは浮かない顔をしていた。三人ともわかっていたから。この勝利が何を意味するのかを。
女神の力は完全に満ちた。それはつまり。
「あたし、もうすぐ、帰らなきゃ、みたい」
セレスが空を見上げて、ぽつりと言った。その声はいつもどおり明るい。明るすぎて、かえってつらかった。わざと明るくしているのがわかるから。
「いつ……ですか」
「んー。3日後の、朝焼けのとき、かな。なんとなく、わかるんだ。あ、そろそろお迎えが来るなって。体が、軽くなっていくの」
3日。たった3日。あんなにずっと一緒にいられると思っていたのに。残された時間は指で数えられるほどしかなかった。
私はこみ上げるものをぐっとこらえた。泣くのは後だ。今はまだ泣くときじゃない。残された時間を涙で濡らしたくない。
「……わかりました。じゃあ、決めましょう」
「え?」
「セレス様の、やりたいこと。天に帰る、その前に、やりたいこと、ぜんぶ叶えます。リスト、作りましょう。残り3日で、できる限り」
セレスの目がぱっと輝いた。さっきまでの無理した明るさじゃない。本物のきらきらした目で。
「いいの!? えっと、じゃあ、じゃあ……!」
セレスが指折り数え始める。うんと考えこんで。
「村のお祭り、もう一回、やりたい! あと、ヨナと、いっぱい遊ぶ! それから、リーゼちゃんの作る、あったかいスープ、もう一回、飲みたい! あ、お昼寝も! ひなたでする、お昼寝! それと、それと……」
出てくる願いはどれもささやかなものばかりだった。神様なのに。なんでもできるはずなのに。世界を変える力だってあるのに。願うのは人と過ごすあたりまえの幸せばかり。お祭り。子どもと遊ぶこと。あたたかいスープ。ひなたの昼寝。
そのささやかさが胸に刺さった。この子にとっていちばんの宝物は、そんななんでもない日常だったのだ。私たちと過ごした、この短い日々が。
「ぜんぶ、叶えましょう。残らず、ぜんぶ」
それから3日間。私たちは忙しく過ごした。一秒も無駄にしたくなかったから。
村人に頼んで小さな祭りを開いた。セレスは屋台を食べ歩いて、子どもたちと手をつないで踊った。ヨナと野原を息が切れるまで駆け回る。私の作った不格好なスープを「世界一おいしい!」と3回もおかわり。日当たりのいい縁側で猫みたいに丸くなって、気持ちよさそうに昼寝をした。その寝顔を私はそっと見守った。
笑い声が絶えなかった。これ以上ないほど幸せな3日間だった。
けれどリストの願いが一つ叶うたびに。別れの朝が一歩ずつ近づいてくる。一つの幸せが一つのカウントダウンだった。満ちてしまう、その前に。私たちは一秒でも長くこの時間を抱きしめていたかった。指の隙間からこぼれ落ちていく砂をすくうように。
次話:「最後の日まで、笑っていたいから」




