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悪役令嬢なんですが、頼りたい女神がポンコツすぎて泣きそうです  作者: 夜凪 蒼


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第25話「その名を、私が呼ぶ」

閉鎖の日はよく晴れていた。


 残酷なほど青い空だった。こんな日に別れなんて。神殿の前には司教ヴァルターと武装した衛兵たち。封印の準備は整っている。そしてその反対側には――村人たちが集まっていた。ヨナも。熱を治してもらった親子も。一度は去った人たちがみんな、戻ってきていた。私たちが最後の夜まで一軒一軒、頭を下げて回ったから。


「どきなさい。これは、王都の決定です」


 司教が静かに、けれど厳しく告げる。衛兵たちが神殿へと歩を進める。その手には光神の力を宿した封印の鎖。鈍く光る無慈悲な鎖。


「いやだ! 女神さまを、連れていかないで!」


 ヨナが両手を広げて立ちはだかった。小さな体で精いっぱい。けれど子どもの体など、衛兵は軽々と脇へどけてしまう。


「セレス様!」


 私が叫んだときにはもう遅かった。光の鎖がセレスの体に巻きついていく。じゃらり、と重い音を立てて。


「……っ、あ……!」


 セレスが苦しげに顔を歪めた。封印がその力を神殿に封じ込めようとしている。あの、あたたかな金色の光がみるみる陰っていく。せっかく取り戻した力が奪われていく。


 させない。絶対に。こんな別れ方は絶対にさせない。


「みんな!」


 私は村人たちに向かって叫んだ。声を限りに。


「祈ってください! セレス様に! 行かないで、じゃない。ありがとう、って。いてくれて、よかった、って! あの人を、必要だって、心から願って! それが、女神さまの力になるんです!」


 村人たちがいっせいに手を組んだ。誰からともなく。


「女神さま、ありがとう」「おらたちを、救ってくれて」「いてくれて、よかった」「行かないで」「大好きだよ、女神さま」


 祈りが、声が、神殿に満ちていく。あたたかなまっすぐな祈りが。封印の鎖がぎしり、と軋んだ。村人の信仰が女神を守ろうとしている。鎖を押し返そうと。


 けれど――あと一歩、足りない。鎖はまだセレスを縛っている。あと、ほんの少し、何かが。


「お嬢様!」


 ハンナが帳面を掲げて叫んだ。あの、何百年分の祈りが綴られた帳面を。


「真名です! 女神さまの、本当のお名前を呼んでください! ご先祖さまの帳面に、記されています! 神様の真の名を呼ぶことは、最高の祈りなんです! いちばん、強い、祈り!」


 真名。


 私は思い出した。初めて会ったあの日。長すぎて覚えられない、と笑ったあの名前を。「セレスでいいよ」と本人が縮めた、大仰な真名を。あのときはただのギャグだと思っていた。


 息を吸う。鎖に縛られ、消えかけている女神を見つめる。もう笑ったりしない。これは世界でいちばん大切な名前だ。この子の、本当の名前。


 私はありったけの想いを込めて、その名を呼んだ。


「――セレスティア・アウローラ・ヘリアーナ!」


 その瞬間。


 神殿がまばゆい金色の光に包まれた。村人の祈りと真名とがひとつに結びつく。真の名を呼ばれた女神の力が、堰を切ったようにあふれ出す。封印の鎖がぱぁん、と弾け、粉々に砕け散った。光の粒となって宙に舞う。


 光の中心で、セレスがゆっくりと立ち上がる。


 腰まで届く朝焼けの髪。まとう光はもう、頼りない線香花火なんかじゃない。本物の暁の女神の、満ち足りたあたたかな輝き。神々しい、という言葉がこれほど似合う姿もない。


 けれど、その顔は。涙を浮かべてにっこりと笑う、いつものセレスだった。


「……リーゼちゃん。やっと、ちゃんと呼んでくれたね。あたしの、名前」


 その名を私が呼ぶ。たった、それだけのことが。こんなにも世界を変えるなんて。


 長すぎる、と笑ったあの名前。今では私の知っている、いちばん美しい言葉になっていた。


次話:「あなたも、守りたかっただけなんだ」

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