第24話「いちばん欲しいものを、手放すと決めて」
その夜、神殿はお通夜のように静かだった。
3日後の閉鎖。セレスの封印。司教の決定は覆らない。村人たちは肩を落として帰っていった。誰も王都の権威には逆らえない。せっかく戻ってきた人たちもまた去っていく。今度は恐れてではなく、諦めて。
私は暗い祭壇の前に座りこんでいた。膝を抱えて。
負けた。守れなかった。あれほど必死だったのに。村を回って、頭を下げて、自分の身まで危険にさらして。それでも権威の前には無力だった。
「リーゼちゃん」
セレスがそっと隣に座った。いつもの調子で明るく。けれどその声は少し元気がなかった。
「あのね。あたし、封印されても、いいよ」
「……え?」
「あたしのせいで、リーゼちゃんが危ない目にあうの、いやだもん。あたしがおとなしく封印されれば、神殿は壊されないかもしれない。みんなも、無事でいられる。リーゼちゃんも、王都で裁かれずにすむ。だから――」
「だめです」
私は強く遮った。自分でも驚くほどの強さで。声が神殿に響いた。
セレスがまた自分を犠牲にしようとしている。みんなのために。自分が消えることで丸く収めようとしている。それを許せなかった。この子はいつもそうだ。自分のことは後回しで。
そのとき、私の中で何かがはっきりと固まった。胸の奥でずっともやもやしていたものが。
ずっと私は間違えていた。セレスを引き留めようとしたり。守れないと絶望したり。封印を受け入れようとしたり。ぜんぶ「自分がどうしたいか」「どうすれば楽か」ばかり考えていた。
でも本当にすべきことは違う。
「セレス様。私、決めました」
私は立ち上がった。涙はもう乾いている。代わりに胸にまっすぐな炎が灯っていた。
「あなたを、ちゃんと、天に帰してあげます」
「……え?」
「封印なんて、させません。あなたを、消えかけたまま閉じ込めさせもしない。あなたを、正真正銘の暁の女神さまとして――満たして、笑って、胸を張って、天に送り出します。それが、私の目標です」
いちばん欲しいものは、セレスにそばにいてほしい。それは変わらない。たぶん一生、変わらない。この胸の寂しさは消えない。
でも。だからこそ手放すのだ。
この子を神様として、あるべき場所に帰してあげる。半端なまま縛りつけるのでも、無理やり封じられるのでもなく。誇らしく、天に。それが私にできる、最後のいちばん大きな愛し方だから。
「利用するつもりで拾った女神さまを、最後はただで手放すなんて。それどころか、笑って送り出すなんて。我ながら、本当に損な令嬢ですよ」
私は泣き笑いでそう言った。セレスの目からぽろぽろと涙がこぼれる。
「リーゼちゃん……」
「だから、最後に、力を貸してください。司教さまを、説得します。あの人の正しさと、私たちの正しさが、ぶつからない道を、探します。神殿を、守ります。あなたがいなくなっても、この村に、暁の女神の信仰が、ちゃんと残るように。あなたが、安心して帰れるように」
そこへテオとハンナが入ってきた。二人とも私の言葉を聞いていたらしい。その目には私と同じ覚悟があった。
「リーゼ嬢。私も手伝います。職を賭けても。いえ、もう、とっくに賭けています」
「お嬢様。わたしも。おばあちゃんから受け継いだ、ぜんぶを使います。女神さまを、笑って送り出すために」
三人と一柱。崩れかけた神殿にもう一度、灯がともる。今度こそ消えない灯が。
いちばん欲しいものを手放すと決めて。私たちの最後の戦いが始まる。
次話:「その名を、私が呼ぶ」




