第22話「あなたが、いてくれたから」
私は意を決して外へ出た。テオの言葉が背中を押してくれた。セレスがどうしたいのか。それを聞かなければ。
夜風はもう冬の匂いがした。星空の下、神殿の石段に腰かけたセレスは、私に気づくといつものようににっこり笑った。
「あれ、リーゼちゃん。眠れないの? また?」
「セレス様こそ。またお腹が空いて?」
「失礼な。今夜はね、星を数えてたの。……30までいって、飽きた」
「全知全能では?」
「だから星は数が多すぎるんだってば!」
むきになる女神に、少しだけ肩の力が抜けた。私はその隣に腰を下ろした。冷たい石の感触がスカート越しに伝わってくる。何から話せばいいのかわからなかった。けれど、ごまかすのはもうやめようと決めている。この子に嘘をつくのは、もういやだった。
「私、ずるいことを、していました」
星を見上げたまま、私は白状した。神殿の復興をわざと遅らせていたこと。セレスを引き留めたくて、信仰を集めないようにしていたこと。お守りを作る手が止まったこと。ぜんぶ。
セレスは黙って聞いていた。口を挟まず、ただ静かに。
「ごめんなさい。あなたの『神様』としての時間を、私のわがままで、奪っていました。あなたを、半端なまま、縛りつけようとしていた。本当に、ひどい令嬢です」
言い終えて、うつむく。叱られても呆れられても仕方がない。そう思っていた。軽蔑されても当然だと。
けれど。
「……ありがとう、リーゼちゃん」
返ってきたのは優しい声だった。顔を上げると、セレスが泣きそうな顔で笑っていた。
「あたしを、引き留めたいって思ってくれて。そばに、いてほしいって思ってくれて。……それが、あたし、すごく嬉しいの。怒るどころか、嬉しくて泣きそう」
「セレス様……」
「あのね、リーゼちゃん。あたし、ひとつ、大事なことに気づいたんだ」
セレスは星空に手を伸ばした。その指先が淡く金色に光る。以前とは比べものにならない、満ちた力の光だった。けれどその光はどこか優しかった。
「あたし、ずーっと勘違いしてた。神様の力は、お供えとかお祈りの数で戻るんだって。だから最初は、リーゼちゃんが集めてくれる信仰をただの『力の補充』だと思ってた。燃料、みたいなものだって」
光がふわりと二人の周りを舞う。蛍のように。
「でも、違ったんだ。本当に、あたしを満たしてくれたのは、お供えの数じゃない。祈りの回数でもない。……必要としてもらえること、だったの」
セレスは私を見た。その瞳に星の光がいっぱいに映っていた。
「リーゼちゃんが、ハンナちゃんが、村のみんなが。『セレスに、いてほしい』って思ってくれた。あたしのこと、必要だって言ってくれた。一緒にごはんを食べて、笑って、泣いて。それが――あたしの本当の力に、なったの」
信じられること。それはただ拝まれることではなかった。お供えでも祈りの数でもない。誰かに心から必要とされること。いてほしいと願われること。それこそが神を満たす。忘れられた神をもう一度、神にする。
「あたしね、忘れられて、消えかけて。誰にも必要とされないことが、どんなに寂しいか知ってる。世界に、自分の居場所がひとつもないって。だから、リーゼちゃんが、あたしを必要としてくれたとき。あたし、本当に、生き返った気がしたんだ。ああ、あたし、ここにいて、いいんだって」
セレスの頬を一筋、涙が伝った。けれどその顔は笑っていた。心から幸せそうに。
「あなたが、いてくれたから。あたしは、もう一度、神様に戻れた。ありがとう。本当に、ありがとう、リーゼちゃん」
その言葉は感謝なのに。どうしてこんなに切ないのだろう。
あなたがいてくれたから。満たされた。力を取り戻せた。
――だから、もう、天に帰れる。
セレスの感謝はそのまま、別れがすぐそこまで来ていることの証だった。私がこの子を必要とした、その気持ちが。皮肉にもこの子を天へと押し上げてしまった。
私はこみ上げるものをこらえきれずに、セレスの肩に額を預けた。あたたかかった。
「……行かないで、なんて。言っちゃ、だめ、ですよね」
「……うん。ごめんね。あたしも、ほんとは、もっと、ここにいたいよ」
星空の下。二人でしばらく泣いた。満ちていく力の光が私たちを優しく照らしていた。まるで別れを惜しむみたいに。
次話:「正しさだけでは、届かない」




