表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢なんですが、頼りたい女神がポンコツすぎて泣きそうです  作者: 夜凪 蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/31

第2話「これが、全知全能ですか」

女神はよく食べた。


 ハンナが台所からくすねてきたパンを、セレスは両手で掴んで、はぐはぐと頬張っていく。神々しい金の髪を揺らしながら、頬をいっぱいにふくらませる姿は、どう贔屓目に見ても3日ぶりに餌をもらった子犬だった。


「んん〜! おいしい! 生きててよかった〜!」


「神様って、死なないんじゃ……」


「言葉のあやだよ、言葉のあや」


 もぐもぐしながら、セレスが片手をひらひら振る。その傍らで、ハンナは両手を組んだまま、ぽろぽろと涙をこぼしていた。さっきから、ひとことも喋らない。ただ、祈るように女神を見つめている。


 ……温度差がすごい。


 かたや、女神の降臨に咽び泣く侍女。かたや、そのへんのパンで頬をぱんぱんにふくらませる女神。そして私はといえば、この光景を前に、頭の中でひそかに算盤を弾いていた。


 落ち着け、私。状況はそう悪くない。むしろ、最高にいいはずだ。なにしろ目の前にいるのは、正真正銘、本物の女神なのだから。


 パンの最後のひと欠片を飲みこんだセレスが、満足げに息をついた。今だ。


「セレス様。お腹もふくれたところで、そろそろ本題なんですけど」


「ん? なになに」


「実はわたくし、折り入ってお願いがございまして」


 私は床に膝をつき、できるだけうやうやしく手を組んだ。神様への、記念すべき初めてのお祈りである。心を込めて、はっきりと欲望を口にした。


「わたくしを、都へ返り咲かせてください。わたくしを辺境に追いやった連中を、まとめて見返せるくらいに。ついでに、一生遊んで暮らせる財産もつけていただけると助かります」


「うわ、欲張りだなぁ」


「神様に遠慮していたら、損です」


「それもそっか」


 セレスはけらけらと笑った。それから、すうっと真顔になって、すっと右手を持ち上げる。その指先に、薄い金色の光がともった気がして――私は思わず息を呑んだ。


 来る。奇跡が来る。


「……っていうのを、やってあげたいのは山々なんだけどさ」


 光がふっと消えた。


「無理。今のあたし、ほとんど力ないの」


「…………は?」


「ごめんね〜。気持ちはあるんだよ、気持ちは」


 ぱちん、と手を合わせて、セレスが拝むようなしぐさをする。悪びれた様子はまるでない。


 私は組んでいた手をゆっくりとほどいた。さっきまで胸の中で大きくふくらんでいた希望が、しゅるしゅると音を立てて、しぼんでいく。


「あの。確認なんですけど。あなた、たしか、なんとおっしゃいました?」


「全知全能の女神」


「ぜんち、ぜんのう」


「うん!」


「これが?」


 私は目の前の女神を、上から下まで眺めた。パンくずを口の端につけ、素足を埃まみれにして、にこにこ笑っている自称・全知全能。


「これが、全知全能ですか……」


「あ、傷つくからその目やめて!?」


 セレスがわたわたと手を振った。


「ちがうの、ちゃんと理由があるの! あのね、神様の力ってね、信じてくれる人がいないと出ないんだよ。祈ってくれる人、お供えしてくれる人、忘れないでいてくれる人……そういう人がたくさんいて、はじめて神様は力を出せるの」


 言われてみれば、それはこの国の常識だった。光神さまの大神殿に力があるのは、毎日大勢の信者が祈りを捧げているからだ。神は信じられることで力を得る。


「でも、あたしのことなんて、もうずーっと誰も拝んでくれなくてさ。気づいたら、力がからっぽになってて……」


 セレスの声がほんの少しだけ、しおれた。


「ここに落ちてきたのも、どうしてか思い出せないんだよね。気づいたらこの神殿の中で、お腹すかせて、ドアの前で困ってたの」


 ……なんだか急に放っておけない雰囲気になってきた。いけない。同情している場合ではない。私は慌てて、現実に意識を引き戻した。


 つまり、こういうことだ。この女神は力を失っている。願いを叶える力はない。けれど――信仰さえ集めれば、力は戻る。


 ということは。


「セレス様。信じてくれる人を集めれば、力は戻るんですよね?」


「まあ、理屈ではね。でも、こんな辺鄙な廃神殿に、誰が拝みに来るのよ〜」


 来る。来させればいいのだ。


 頭の中で、ぱちぱちと段取りが組み上がっていく。参拝者を集める。お供えが集まる。信仰が戻る。女神の力が戻る。そうしたら――そのとき改めて、都への返り咲きでもなんでも、叶えてもらえばいい。


 遠回りだけれど、道は繋がっている。詰んだと思った盤面に、一手、光が差した気がした。


「そういえば、あなた、名前は? まだ聞いてなかったね」


「リーゼロッテです」


「リーゼちゃんね! よろしく!」


 勝手に縮められた。まあ、いい。様付けで呼ばれるより、よほど性に合っている。


 ――とそのときだった。


「……あの。だれか、いるの?」


 神殿の入り口から、おずおずと声がした。


 振り返ると、扉の隙間から、ひとりの少年がこちらを覗きこんでいた。歳は10ほどだろうか。膝小僧をすりむいた、村の子だ。大きな目で、神殿の中をきょろきょろと見回している。


「変な令嬢が来たって、村のみんなが言ってたから……」


「変な、は余計よ」


「ほんとに、女神さまがいるの……?」


 少年の視線がセレスに吸い寄せられた。埃まみれの素足はともかく、その金の髪とほのかな光だけは文句なしに神々しい。少年はごくりと唾を飲んだ。


 私はにっこりと微笑んだ。営業用の、いちばん上等な笑顔だ。


「ええ、いらっしゃるわ。暁の女神さまよ。何かお願いごとがあって来たのかしら?」


 お賽銭、と心の中で付け足す。願いを叶えるかどうかはともかく、参拝者第一号は記念すべき一歩だ。逃すわけにはいかない。


「あのね、チビが……うちの子ヤギが、3日前からいなくなっちゃって」


 少年――ヨナはぎゅっと手を握りしめた。


「父ちゃんは、もう山犬に食われたって。でも、おれ、まだどこかにいる気がして。女神さまなら、わかる?」


 わかるわけがない。私はちらりとセレスを見た。全知全能の女神はこてんと首をかしげて、「うーん、わかんない」と小声で言った。声に出すな。


 仕方がない。こうなったら、奇跡は人がでっち上げるしかない。


「――いいでしょう。女神さまが、お告げをくださるそうよ」


 私はおもむろに目を閉じた。それから、3日前にいなくなった子ヤギ、という情報を頭の中で転がす。子ヤギは寒がりだ。山犬に食われたなら、骨や毛が残る。それがないなら、まだどこかで生きている。3日も身を隠せる場所――風をしのげて、人目につかない、暖かいところ。


「……西の、水車小屋」


「え?」


「使われていない、古い水車小屋が、村の西にない? チビは、そこにいるわ」


 ヨナの目がまんまるに見開かれた。


「ある! こわれた水車小屋、西の川のとこに!」


「行ってごらんなさい。女神さまのお告げよ」


 少年はぱっと顔を輝かせ、転がるように神殿を飛び出していった。その足音が遠ざかるのを聞きながら、私はそっと息を吐く。当たっているといいけれど。外れたら、ただの嘘つき令嬢だ。


「リーゼちゃん、すごい! 神様みたいだった!」


「神様はあなたでしょう」


「あたし、わかんなかったもん」


 胸を張るところではない。


 けれど、しばらくして。


「女神さまーっ! いた! チビ、いたよーっ!」


 ヨナが小さな子ヤギを抱えて、神殿に駆け戻ってきた。その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、けれど、これ以上ないくらい輝いていた。


「ありがとう、女神さま! ありがとう!」


 少年は何度も何度も頭を下げて、また子ヤギを抱えて帰っていった。あとにはぽかんとした私と、なぜか自分の手柄みたいに胸を張るセレスと、涙ぐむハンナが残された。


「……お嬢様。今の、すごいです」


 ハンナがぽつりと言った。


「あの子、きっと村のみんなに話します。女神さまが、願いを叶えてくれたって」


 その言葉に、私の中でしぼみかけていた算盤が、もう一度かちりと鳴った。


 そうだ。これでいい。奇跡は起こせなくてもいい。起きたと思わせればいい。参拝者が来て、噂が広まって、信仰が集まれば――いつか本物の力が戻ってくる。


「セレス様。明日から、忙しくなりますよ」


「えっ、なんで? あ、もしかしてごはん、増える?」


「働いたら、ね」


 神様を働かせる令嬢というのも、なかなかどうして、悪くない響きだった。


 もっとも――このとき私はひとつ忘れていた。


 神殿の管理人には、王都から「お目付け役」がつくということを。それも奇跡なんて欠片も信じない、とびきり厄介なのが。


次話:「信じない人ほど、よく見ている」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ