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悪役令嬢なんですが、頼りたい女神がポンコツすぎて泣きそうです  作者: 夜凪 蒼


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第17話「取り戻すには、何かを差し出すしかない」

反撃の鍵はハンナの帳面にあった。


 何百年も書き継がれた祈りの記録。そのいちばん古い頁に、色あせた言い伝えが記されていた。ハンナが震える指でその一節をたどる。


「『暁の女神は、飢饉の年、痩せた土地に実りをもたらし、民を飢えから救いたもうた』……お嬢様、これです! 暁の女神さまは、祟り神なんかじゃありません。村を救った、優しい神さまなんです!」


 ハンナの声は震えていた。けれど確信に満ちていた。


 村人たちはセレスの力の暴発を見て「祟りだ」と怯えた。けれど、それは誤解だ。セレスはただ力の加減を間違えただけ。本当は人を救う優しい神様なのだ。それをもう一度、思い出してもらえばいい。


「でも、どうやって。みんな、もう神殿には近づかないわ」


「だったら、こっちから行きましょう」


 私は帳面を抱えて立ち上がった。座って嘆いていても何も変わらない。動くしかないのだ。


 それから私たちは村を一軒ずつ回った。閉ざされた扉を叩き、追い返されてもまた次の家へ。ハンナの帳面を見せ、暁の女神がかつてこの土地を救った神だと、根気強く語って聞かせた。テオも監察官の肩書きを使って、「この神殿に異端の事実はない」と村人に説いて回ってくれた。


 多くの家は取り合ってくれなかった。「関わると、王都に睨まれる」と、扉も開けてくれない家もあった。無理もない。異端認定された神殿に味方すれば、村ごと危険にさらされる。みんな自分の暮らしを守るのに必死なのだ。


 それでも。


「……女神さまは、おらの子ヤギを、見つけてくれた」


 最初に口を開いたのはヨナの家だった。父親がぼそりとそう言った。


「熱を出したうちの娘を、治してくれたのも、女神さまだ。あの恩を忘れちゃ、ばちが当たる」


 あの母親の家も。


 一度女神に救われた人たちが、少しずつ思い出してくれた。恐怖の記憶の下に埋もれていた感謝の記憶を。一人、また一人と、神殿へ戻ると言ってくれた。


 けれど、それはただではなかった。


 村を回るうちに、私のしていることは当然、王都の名代の耳に入った。名代は私を呼びつけ、冷たく言い放った。


「異端をかばう令嬢か。いいだろう。神殿の閉鎖に加えて、お前の身も、王都で裁いてやる。侯爵家の娘とて、容赦はせん。覚悟しておけ」


 私の身。つまり、命の保証はない。最悪の場合、本当の断罪が待っている。


 取り戻すには何かを差し出すしかない。村人の心を取り戻すために、私は自分の安全を差し出すことになった。怖くないと言えば嘘になる。一人になると膝が震えた。


 けれど神殿に戻って、ヨナや戻ってきてくれた数人の村人の顔を見たとき。その震えは不思議と止まった。守りたいものがあると、人はこんなにも強くなれるのか。


「リーゼちゃん、無理してない?」


 心配そうなセレスに私は笑ってみせた。


「平気です。これでも、しぶといので。……それより、戻ってきてくれた人たちに、見せてあげてください。あなたが、祟り神なんかじゃないってこと」


 セレスはこくりと頷いた。そして戻ってきた村人たちの前で、今度はごく小さな、けれど確かな奇跡を見せた。枯れた鉢植えにそっと触れる。すると青い芽がひとつ、ふたつと顔を出した。


 暴れる光ではなく。静かで優しい芽吹き。今度は加減を間違えなかった。


「……ああ。これだ。おらたちが、知ってる女神さまだ」


 村人の一人が涙ぐんだ。失いかけた信頼がほんの少し、戻ってくる。


 まだ、ほんの一握り。閉鎖は明日に迫っている。それでも確かに灯は消えていなかった。差し出した代償の分だけ、確かに何かが戻り始めていた。


次話:「思い出しかけている、何かを」

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