第14話「崩れる音は、いつも静かで」
その朝、神殿の空気はいつもと違っていた。
いつもなら朝いちばんの参拝者でにぎわう時間。なのにその日は、村人たちが遠巻きに何かを見ている。不安げなざわめき。嫌な予感がした。
その予感はすぐに形になった。村人たちの祈りで活気づいていた神殿に、不意に重い馬車の音が近づいてくる。金糸の祭服。あの大神殿の名代だった。今度は武装した衛兵まで従えている。物々しい隊列だった。
「リーゼロッテ・フォン・アーベライン。司教ヴァルター猊下の名において、通達する」
名代は一枚の羊皮紙を高々と掲げた。その声は勝ち誇っていた。
「この神殿は、光神の秩序を乱す異端と認定された。本日をもって閉鎖。女神を名乗る者の信仰を、一切禁ずる」
異端認定。神殿閉鎖。
覚悟していたはずの言葉が、それでも冷たく胸に刺さった。集まっていた村人たちがざわめき、不安げに顔を見合わせる。せっかく戻ってきた笑顔がみるみるこわばっていく。
「お待ちください。この神殿は、村のみんなの、大切な……」
「黙れ。偽りの神で民を惑わす罪は、重いぞ」
抗弁は衛兵の前にあっけなく封じられた。権威の前では村娘同然の私の言葉など、羽根よりも軽い。悔しさで唇を噛んだ。
そのとき、だった。
「みんな、待って! あたし、本物の女神だよ! ほら、見ててね!」
セレスが村人たちを安心させようと、勢いよく前へ進み出た。大きな奇跡を見せればわかってもらえる。みんなの不安を消せる。そう思ったのだろう。両手を空にかざし、ありったけの力を引き出そうとする。
「セレス様、だめ! まだ、そんな大きな力は!」
私の制止は間に合わなかった。
セレスの指先で金色の光がふくれあがる。けれど、それは制御を失っていた。戻ったばかりの力を一度に引き出そうとして、暴走したのだ。まばゆい光がばちばちと音を立てて暴れ、突風となって神殿を吹き荒れる。祭壇の供物が舞い、積み直したばかりの壁ががらがらと崩れた。村人たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。
「きゃっ……! な、なんで……!? と、止まって……!」
セレスは自分の力に自分で怯えていた。必死に抑えようとするほど光は荒れ狂う。やがてその光はぱちんと弾けて、嘘のように消えた。神殿に痛いほどの静寂が落ちる。
あとに残ったのは、半壊した神殿と立ちすくむ村人たち。そして肩で息をする、青ざめたセレス。
「……ばけものだ」
誰かがぽつりと言った。
その一言が引き金だった。
「やっぱり、まやかしだったんだ」「いや、本物だから、なお怖い」「祟られるぞ……!」
ざわめきは恐怖に変わり、村人たちは一人、また一人と神殿から去っていった。あれほど女神を慕っていた人たちが。逃げるように背を向けて。引き止める声も届かない。
名代が勝ち誇った笑みを浮かべた。
「見たか。これが、偽りの神の正体だ。……閉鎖は3日後。それまでに、立ち退くがいい」
馬車が去っても私は、しばらく動けなかった。
崩れる音はいつも静かだ。神殿の壁が崩れたあの派手な音より。村人たちの信頼がさあっと崩れていく音のほうがずっと静かで――そして、ずっと胸に響いた。一度ひびが入ったものは、こんなにももろい。
気づけば隣で、セレスが青ざめた顔で震えていた。手をぎゅっと握りしめて。
「……あたしの、せいだ」
その声はいつものお日さまみたいな明るさを、すっかり失っていた。
次話:「もう、利用するためじゃない」




