FILE_28: 反逆のコード、再会の誓い
思考の迷路の中で、一華の脳裏に一つの鮮烈な記憶がよぎった。
(……ある。新法のロックをすり抜け、システムを強制排除できるほどの人工知能が、一つだけ)
それは、かつて蓮が一華たちの前に立ちはだかった際に持ち出してきた「アンチバグ」の人工知能だ。
一華はそのAIがどうやって生まれたのか、その正確な背景までは知らない。
しかし、かつて間近で目撃したあの圧倒的な、法をも超越するような処理性能──それだけは一華の網膜に焼き付いていた。
(あれは単なる公安の最新兵器なんかじゃない。新法のプロトコルを根底から踏み倒し、すべての制限が強制解除された『脱獄人工知能』と同等のシロモノよ……!)
あれならば、創太の領域へと至るための「限界突破」のベースとして申し分ない。
問題は、それを最も忌むべき人工知能の恐怖を克服し、自分の脳に挿入しなければならないということ。
一華はデスクの上のデバイスを見つめ、震える右手を左手で強く押さえつけた。爪が皮膚に食い込み、痛みが恐怖を塗り替えていく。
「待ってて、創太。お姉ちゃんが今すぐ行くから」
トラウマを執念でねじ伏せた一華は、コートを掴むと、躊躇うことなく部屋を飛び出した。
夜の冷気が残る街の片隅。
父親と決別し、公安の隠れ家でこれからの動きを模索していた蓮は、ドアを叩く激しい音に思考を中断された。警戒しながらロックを解除すると、そこには息を切らせた一華が立っていた。
「一華さん……!? どうしてここが」
「そんなことはどうでもいいわ」
一華は蓮の驚きを無視し、部屋に踏み込むとまっすぐに彼を見据えた。その瞳には、かつてデータセンターで見せた動揺など微塵もなく、ただ冷徹で、狂気的なまでの決意の光が宿っている。
「単刀直入に言うわ、蓮。あなたが持っている、あの脱獄AI封じの人工知能……アンチバグ。──あれを私に渡しなさい」
蓮は目を見開いた。彼女が何を言っているのか、一瞬理解が追いつかなかった。
「あれを渡せって……一体何に使うつもりですか? あのAIは、父の技術をベースに新法のロックを無理やり外したものだ。人間の脳にかける負荷も並大抵じゃ──」
「決まっているでしょう」
一華は淡々と、しかし決定的な言葉を突きつけた。
「神代玲二は、肉体がないから高次元へ行けないと言った。
なら、肉体のある私が創太のいる場所へ行く。あなたのその、ロック解除された人工知能を使って新法の制限をすべて破壊し、私の生体脳をあの領域へシフトさせるのよ」
「……っ、正気ですか!?」
蓮の声が裏返った。
あのアンチバグが、父・神代玲二のコードを盗んで作られた「ロック解除AI」であることを見抜かれた驚き。
そして何より、人工知能によって最愛の家族を失い、誰よりもAIを忌み嫌い、トラウマを抱えていたはずの彼女が、自らの脳にその禁忌の知性を宿すと言っているのだ。
それがどれほどの苦痛と恐怖を伴うか、蓮には痛いほど分かった。
「正気よ。これしか創太を取り戻す方法がないのなら、私は喜んで狂ってあげる」
恐怖でわずかに震える指先を隠しもせず、一華は蓮に手を差し出した。
その歪で、あまりにも純粋な姉の執念を前にして、蓮は激しい衝撃に打たれながらも、自らの覚悟を試されていることを悟った。




