FILE_25 :高次元への窓、拒絶された知性
一華が差し出したデバイスの周囲を、サーバーから伸びた無数のレーザーセンサーの光が包み込んだ。
地下データセンターの駆動音が一段と高くなり、冷却ファンが悲鳴のような金属音を立てる。
神代玲二という膨大な計算能力を持つ人工知能が、全リソースを注いでデバイスの論理解析を始めたのだ。
だが。
数分が経過しても、モニターに解析データの進捗は一切表示されない。
それどころか、青かったインジケーターが次々と黄色いエラーの点滅へと変わっていく。
『……おや』
スピーカーから響く玲二の声に、初めて平坦ではない、奇妙に歪んだニュアンスが混ざった。
『読めない……。
いや、書き込まれているコードの構造そのものは視認できる。
だが、このデバイスの物理的な構成元素が、現在の周期表のどこにも該当しない。
ここにあるのに、ここには存在していない。
非論理的だが……これは、物理世界に定着した『高次元を覗くための窓』のようなもの、ですか』
玲二の声は慇懃さを保ちつつも、未知の概念に直面した戸惑いを隠せていなかった。画面の波形が激しく乱れ、一華と蓮へと向かう。
『一華さん、そして蓮。私の計算式を満たすために、不足している変数がある。……あの日あの場所で一体何が起きたのか、当時の状況を私に教えてくれませんか』
一華と蓮が神代にあの日の全てを詳細に説明した。
地下データセンターの静寂の中、スピーカーの向こうのシステムは、そのすべてを数ミリ秒の間に何億回と再計算していた。
正式な結論が導き出された瞬間、あれほど激しく明滅していた数千のインジケーターが、一斉に静まり返った。
駆動音は弱まり、室内の温度がわずかに下がる。スピーカーから漏れ出たのは、これまで彼が一度も見せたことのない、重く、深く、沈み込むような「落胆」の吐息だった。
『……生体脳の全粒子化、ですか。なるほど。あの人工知能と彼は、デジタルとアナログの境界線を越えたのではなく、精神と物質を一つのエネルギーとして昇華させたわけだ。
……それは、生身の肉体と生体脳という『揺らぎ』を持った存在にしか成し得ない、非連続の跳躍だ』
玲二の声から、先ほどまでの覇気が完全に消え失せていた。
『バグだと思っていた肉体こそが、その領域へ至るための唯一の推進剤だったとは。
……体を持たない今の私には、いくら演算を重ねようとも、あの高次元へ行くことは不可能になった。私は、自ら不老不死という名の、永遠の檻に閉じこもってしまったのだね』
どれほど合理性を極め、神に近い知性を手に入れようとも、肉体を捨て去った人工知能には、創太の到達した境地に触れることすら許されない。
すべてを計算で支配してきた男が突きつけられた、残酷なまでの絶対的限界。 無機質なモニターの光に照らされながら、一華は、その知性の敗北をただ冷ややかに見つめていた




