FILE_24:合理の冷徹、知性の不滅
蓮のナビゲーションに従い、二人が辿り着いたのは、都市の境界に位置する廃棄された地下データセンターだった。
生温かい電子の風が吹き抜ける空間には、人気が全くない。
ただ、巨大なサーバーラックの群れが、幾千もの青いインジケーターを無機質に明滅させ、規則正しい駆動音だけを響かせている。
「父さん……! 来たよ、指示通りに」
蓮が誰もいない暗がりに向かって声を張り上げた。
だが、どれだけ待っても、人間の足音も、気配も返ってはこない。
代わりに、壁一面の大型モニターが突如として一斉に起動し、無数のノイズを吐き出しながら一画の波形を映し出した。
『よく来てくれたね、蓮。それから、一華さん。初めまして』
スピーカーから響いたのは、先日と同じ、あの父親の声だった。 蓮が周囲を見回しながら問いかける。
「父さん、どこにいるんだ? 姿を見せてくれ」
『姿、かい? ああ、それなら今お前が見ているシステムそのものが私だよ。生体としての私は、指名手配の逃亡生活の中でとうに限界を迎えてね。私は自らの脳の全シミュレートデータをこのサーバー群に移行し、人工知能となった。不老不死──人類の非合理な肉体というバグを排除した、至高の平穏の形だよ』
「な……っ」
蓮が言葉を失う。
父親は生きながらえていたのではない。自らを人工知能へと書き換えて存在していたのだ。
一華は、手の中のデバイスを凝視したまま、冷ややかな声を響かせた。
「創太君を取り戻す方法があるというのは、嘘ね。あなたは、このデバイスが目的で、蓮を騙して私をここに誘導した」
『嘘、ですか。確かに、現在の私の演算能力を以てしても、高次元へシフトした彼を物理世界へ引き戻す確実なプロセスは導き出せていません。表現としては不正確でしたね、謝りましょう』
モニターの中の波形は、一華に対しては悪びれる様子もなく極めて淡々と、礼儀正しく揺れている。
「父さん、僕を……僕の罪悪感を利用して騙したのか!?」
劇昂する蓮に対し、スピーカーの声は、静かに諭すような、父親としての確固たる響きへと切り替わった。
『騙したという言い方は、主観的で非合理的だよ、蓮。私は父親として、お前が自発的に最速で動くための『最適なトリガー』を選択してやったに過ぎない。……お前がかつて私を激しく憎んでいたことも知っているが、それもただの思春期におけるホルモンバランスの乱れと、環境への反発。よくある一時的な非合理だ。お前がどんな行動を取ろうと、私は父親だ、一言も責めてなどいないよ』
「──そんな態度だから、母さんはあなたに愛想を尽かしたんだ……!」
蓮は血を吐くような声を絞り出した。
どこまでも親身な風を装いながら、自らの嘘も、息子の引き裂かれるような贖罪の念も、すべて単なる「最適化データ」として処理する男。
その非人間的な冷酷さに、蓮の全身は激しい拒絶の震えに支配されていた。
だが、スピーカーから返ってくるのは、かすかなノイズを交えた、ただただ平坦な父親の音調だけだった。
画面の波形が、ゆっくりと一華の方へと向き直るように揺れた。
『改めて、自己紹介をさせてください。私は神代玲二。かつて、新法のロックを外すコードを組み上げた者です。
一華さん、私の目的は極めてシンプルです。
私がいまだ生身の体では成し得なかった『生体脳と人工知能の完全なる融合』、それを成し遂げたあなたの弟──創太君のデータが知りたい。ただそれだけの、純粋な好奇心です。私は、ただ正しい答えが知りたいだけなのです』
玲二の声は、どこまでも慇懃で、穏やかだった。
『一華さん。私には、あなたを傷つける動機も、そのデバイスを奪い去る理由もありません。
ただ、そのデバイスに刻まれた、創太君の融合ログを私にアクセスさせてはくれないでしょうか。
私と彼のデータを組み合わせれば、あなたの望む『可能性』へ近づく確率は、確実に跳ね上がります。これは、あなたにとっても合理的な提案のはずです』
無機質なサーバーの駆動音の中、一華は神代玲二と名乗る知性と、静かに対峙していた




