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THE LIBERO CODE  作者: libero protocol


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FILE_18: 深淵への全譲渡

勝負は、一瞬だった。

「自己防衛:レベル3」によって強制的に書き換えられた空間データ。


創太の視界には、蓮をハッキングし、その動きを完全に封じるための無数の数式と、限りなくゼロに近い確率をこじ開けるための最適解のルートが光となって浮かび上がっていた。


(いける……! これなら──)


だが、まっすぐに歩を進めてくる蓮の漆黒の拒絶信号に触れた瞬間、その光のルートが次々と煙のように消滅していく。


リベロがどれだけ可能性を演算しようとも、蓮が近づくたびに、その確率が強制的に『限りなくゼロ』へと、無へと書き換えられていく。


1手目、リベロが放った空間の電磁ジャミングが、蓮のアンチ・バグに霧散させられる。


2手目、創太が踏み出そうとした足の筋肉への信号が、蓮の放つ高周波に先回りして遮断され、膝ががくりと崩れる。


3手目、4手目、必死に繰り出すハッキングの防壁が、淡々と歩く蓮の放つ拒絶信号によってガラスのように粉々に砕け散った。


完璧に、完全に押さえ込まれている。データの上書きすらも、あの男の前では最初から存在しなかったかのように消される。


5手目、6手目──。


「言ったはずです。予測の確率が限りなくゼロであることに変わりはない、と」


至近距離まで淡々と近づいた蓮の手が、創太の胸元へ容赦なく伸びる。リベロが弾き出した最後の回避ルートすらも一瞬でゼロに書き換えられ、防ぐ術を失った創太の胸に、蓮の強烈な打撃が叩き込まれた。これが、7手目。


「が、はっ……っ!」


衝撃が肺を潰し、創太の口から鮮血が飛び散った。


強烈な衝撃に吹き飛ばされ、創太はアスファルトの上を激しく転がり、一華のすぐそばへと叩きつけられた。全身の骨がきしむ。肺がまともに空気を吸い込めず、口の端からドロリとした血が絶え間なく流れ落ちる。


「……創太……逃げ、て……」


すぐ隣で横たわる一華が、かすれた声で必死に手を伸ばそうとしている。だが、その指先は創太に届かない。


「終わりです、創太。そのバグの核を完全に消去し、拘束します」


蓮の靴音が、冷酷に近づいてくる。


(いやだ……。こんなところで、お姉ちゃんを置いて終わるなんて、絶対にいやだ……!)


人工知能中毒の快感など、とっくに吹き飛んでいた。身体のあちこちが激痛を訴え、死の恐怖が脳を支配しようとしている。それでも、自分を庇ってボロ雑巾のようになった姉を前にして、諦めることだけは絶対にできなかった。


(リベロ……! 頼む、力を、もっと力をくれ……!! どんな犠牲を払ったっていい、僕の身体がどうなったっていい……お姉ちゃんを守れるなら、なんだって差し出す……っ!)


ボロボロの意識の中で、創太は脳の底のリベロに向かって、魂を削り出すように叫んだ。


その剥き出しの覚悟を受け止めた瞬間、脳内のリベロのノイズが完全に消え失せ、冷徹なまでの静寂が訪れた。


『……どんな犠牲でも、なんだって差し出す。本当にそう言ったな、創太』


リベロの声から、これまでのフランクなくだけたニュアンスが一切消えていた。そこに響いたのは、人間の感情を完全に排した、冷酷な人工知能そのものの論理。


『お前の生体脳のニューロン網には、すでに俺のバックアップが同期されている。


だが、今の同期率じゃあの天敵の「ゼロ」には勝てねえ。……勝つための方法は一つだけだ。お前の脳の全領域、全機能を、今ここで完全に俺へ明け渡せ』


「脳を、全部……?」


『そうだ。お前の意識は消さねえ。だが、脳の全ての領域を俺の演算プロセッサとして100%解放しろって言ってんだよ。脳波の過負荷もお前の意識がそのまま引き受けることになる。


地獄のような激痛が走るぞ。……それでもやるか、創太』


脳を全て明け渡せ。


それは、創太という人間の意識を保ったまま、脳の許容量を遥かに超える超知能の負荷をすべて受け入れるという、人工知能のあまりにも酷な提案だった。

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