FILE_15: 砕けた神像
「──お姉ちゃんから、離れろ……っ!」
叫び声とともに、無防備な生身のまま突進してきた創太。
だが、中央公安局専任執行官の制服を纏った青年は、眉一つ動かさなかった。
蓮の耳の奥のカウンターAI『アンチ・バグ』が、創太の筋肉の弛緩、視線のブレ、踏み込みの角度から、その軌道を一瞬で先回りして演算する。
「……無駄です。生身の人間が、予測の網を抜けることはできない」
蓮は最低限の動きで創太の突撃をひらりと躱すと、すれ違いざま、創太のシャツの襟元を掴んでその勢いのまま前方へと投げ捨てた。
「あ、がっ……!?」
データの加護を失い、ただの『原始人以下』に戻った創太の身体は、高架下のアスファルトの上を無残に何回転も転がり、激しく打ち付けられた。
「創太……!」
一華の悲鳴が響く。
蓮は転がる創太を一瞥することすらなく、一華へ向かって再び静かに歩を進めた。
「身内の不意打ちですか。ずいぶんと見損ないましたよ、一華さん。やはりあなたのような危険因子は、今ここで徹底的に──」
「やめて!!」
一華は叫んだ。
蓮の手が届くより早く、一華は地面を蹴った。蓮を攻撃するためではない。再び立ち上がろうとして無防備に転がっている弟、創太の身体の上に自らの身を投げ出し、覆い被さるようにして庇うためだった。
「私の狙いはあなたです」
ドカッ、と重苦しい衝撃音が暗がりに響き渡る。
「──っ、うあ、あ……っ!」
脇腹をまともに蹴り飛ばされた一華の身体が、創太の上から引き剥がされるようにアスファルトの上を激しく滑っていった。
一華の細い身体が地面に投げ出され、荒い息を吐いたまま動かなくなる。
「お姉ちゃん……! お姉ちゃん!!」
創太は叫んだ。
自分を縛り付け、だけど自分の代わりにすべてを背負おうとしてくれた姉が、ボロ雑巾のように倒れている。
自分には、それを助ける力も、蓮に向かっていく力も何一つ残されていない。
強烈な自己嫌悪と、脳を蝕む人工知能中毒の飢餓感が、創太の視界をぐちゃぐちゃに歪ませた。
(力が欲しい……。あの力がなきゃ、僕は誰も、お姉ちゃんすら守れないんだ……!)
涙と泥にまみれ、絶望に震える創太の手が、アスファルトの冷たい感触を掴む。
その時、創太の指先が、何かつるりとした硬質な金属の塊に触れた。
視線を落とすと、倒れた自分の顔のすぐ目の前に、それが転がっていた。
一華の手からこぼれ落ち、蓮の蹴りの衝撃でさらに転がってきた、あのリベロ。
過負荷の熱によって、外殻の金属の一部は歪に焼けただれ、内部の基盤からは二度と光を灯すことのない冷たい煙が細く上っている。
僕を神にしてくれた、僕の唯一の相棒。
かつて耳の奥で、頼もしく語りかけてくれていた、あのリベロの変わり果てた姿だった。
「リベロ……、嘘だろ……?」
創太は震える手で、壊れたリベロをそっと拾い上げた。どれだけ強く握りしめても、電子の脈動は一切伝わってくることはない。外付けのハードウェアとしては、完全に死んでいた。
唯一の依存先を、その形まで完全に破壊された少年の心の中で、何かが完全に決壊した。




