FILE_13: 偽りの白旗
公安統制局から少し離れた、人通りの途絶えた高架下の暗がり。
一華は蓮に促されるまま足を止め、中央公安局の制服を纏った青年と向き合っていた。
高架上の道路を走る車の重低音が、湿った空気に不気味に響く。
「……場所は変えました。ここなら公安の他の執行官の目も、テリトリー・ゲートの監視も届きません。単刀直入に伺いましょう、一華さん。あなたが持っているものを、私に渡しなさい」
蓮の冷徹な声が暗がりに響く。
一華はゆっくりとコートのポケットから手を引き抜いた。その手のひらには、過負荷で沈黙した銀色の違法AI端末が乗っている。
弟を売るわけにはいかない。あの子の未来を、私がここで守る。
一華は深く息を吸い込み、蓮の鋭い眼光を真っ直ぐに見据えた。
「ええ、認めます。あなたが言った通り、私がこの違法プログラムを使っていました。新法を破って、すべての試験で全国トップを取っていたのは……私ではなく、この機械の力です。大人しく、あなたにこれを渡します」
感情を殺した声で告げ、銀色の端末を蓮の方へと差し出した。
蓮は一華の手元にある端末を一瞬だけ凝視したが、それを受け取ろうとはしなかった。彼の耳の奥で、カウンターAI『アンチ・バグ』の機械音が激しく明滅している。
『警告。対象の脳波波形に「欺瞞」の不規則ノイズを検知。
依然として生体脳の演算速度は規格外。手元にあるハードウェアは完全に機能停止状態であり、現在の対象の思考をサポートしている形跡なし』
蓮の瞳に、軽蔑に似た冷たい光が宿った。
「くだらない嘘を。私を騙せると思っているのですか」
「嘘ではありません! 私は今、こうしてあなたにすべてを白状して、大人しく差し出そうとして──」
「否定は無意味だと言ったはずです」
蓮の声が一段と低く、刃のように研ぎ澄まされる。
蓮は一華が自らの優秀すぎる頭脳で「蓮をどう騙し、どう切り抜けるか」を必死に組み立てているその思考を、隠された違法AIの演算データだと完全に確信(ハッキングの計算)している。
「大人しく渡すフリをして、公安の目の前で私をハッキングし、排除する確率を計算していましたね。……そのプログラムを宿した危険分子を、これ以上野放しにするわけにはいきません」
蓮が一歩、静かに踏み出す。彼の耳の奥から、空間の電子信号を強制遮断するような不快な高周波の干渉波が放たれ始めた。
高架下の全域に広がる、電子機器を強引に機能停止させるための強烈なジャミング。
生身の一華には機械的なダメージこそないものの、夜の静寂を切り裂くような異様な電磁音と、蓮が放つ圧倒的な威圧感に、思わず息を詰まらせて一歩後退した。
蓮は一華が髪の奥に隠しているはずの「本物の端末」を、その目に見えない盾で完全に無力化し、彼女を法的に拘束しようと手を伸ばす。
「あなたの演算をここで完全に停止させ、その歪んだ可能性を排除します」
一華の手から銀色の端末がこぼれ落ち、アスファルトの上を転がった。蓮の冷酷な包囲網の前に、一華が完全に逃げ道を失った、その時。
「──お姉ちゃんから、離れろ……っ!」
高架下の闇を切り裂くように、ひどく掠れた、だが狂気を含んだ少年の叫び声が響い渡った。




