第八十四話 ミレイユの若い橋
新しい橋は、二年目になってもまだ若かった。
石は白く、欄干には傷が少ない。けれど人が渡れば、少しずつ跡がつく。荷馬車の車輪、子どもの靴、祭りの飾りを結んだ紐の擦れ。
トマは、その一つ一つを気にしていた。
「ここ、欠けています」
彼は欄干の小さな傷を指した。
「荷馬車ですか」
「たぶん。昨日の羊毛の車かもしれません」
以前の彼なら、傷はただの傷だっただろう。今は記録すべき出来事になっている。
橋番日誌には、水位と通行料だけでなく、こうした小さな変化も書かれるようになった。
◇
ある日、橋の上で子どもが転んだ。
大きな怪我ではない。膝を擦りむいただけだ。けれどトマはすぐに日誌へ書き、欄干の近くに砂が溜まって滑りやすくなっていたことを見つけた。
翌日、橋の掃除当番が決まった。
子どもたちは最初、不満そうだった。
「遊びに来たのに掃除ですか」
サラが腕を組んだ。
「橋を使う人は、橋を守る人です」
半分先生は、すっかり先生に近づいている。
子どもたちはぶつぶつ言いながら、砂を掃いた。
その日の夕方、橋は少しだけ古く、少しだけ大切な場所になった。
◇
私はトマの日誌を読みながら、領地も同じだと思った。
作った時が完成ではない。
使い、傷つき、直し、掃除し、記録して、初めて人のものになっていく。
白楡学び舎も、相談室も、作業場も、まだ若い橋だ。
いつか傷がつく。
間違いも出る。
だから、日誌がいる。
見回る人がいる。
直す手がいる。
私は日誌の最後に、確認印を押した。
トマがほっとした顔をする。
「橋番は、思ったより細かい仕事です」
「領主も同じです」
「じゃあ、奥様も橋番みたいなものですか」
「そうかもしれません」
橋そのものにはなれない。
けれど、渡る人が落ちないよう見ていることはできる。
それは、私にとって性に合う役目だった。




