第八十三話 羊毛組合の署名
アシュフォードの羊毛組合との会議は、猫の話ほど和やかには進まなかった。
糸紡ぎや洗いの作業を記録し、女たちの名前で賃金を分ける。その案に、古い商人たちは強く反対した。
「家の中の仕事まで数えたら、きりがありません」
「女房の手伝いを賃金にするなど、家の形が崩れます」
ミレイユで聞いた言葉に似ていた。
セドリックは、組合長の向かいで静かに言った。
「家の形を守るために、誰の働きが消えているのかを確認したい」
組合長は黙った。
◇
私は、白楡の作業場の記録を机に置いた。
誰が何を作り、どの材料を使い、いくらで売れ、どれだけ次の備蓄へ回したか。猫の札で笑う者もいたが、賃金欄になると笑いは消えた。
老女の一人が、手を上げた。
「私の紡いだ糸は、息子の名で売られてきました。息子が悪いわけではありません。そういうものだと思っていました。でも、私が死んだら、その糸の作り方を誰が記録するのでしょう」
その言葉で、会議の向きが変わった。
賃金だけの話ではない。
技術を残す話でもある。
家の中で見えない仕事は、見えないまま失われる。
◇
最初の署名は、組合長ではなく、その老女だった。
自分の名を書けない彼女は、孫に教わりながら、ゆっくりと字を書いた。線は震えていたが、確かに彼女の名だった。
次に、若い紡ぎ手たちが続いた。
商人たちはまだ不満そうだった。けれど、すべてを止めることはできないと悟ったようだった。
試行期間は半年。
糸紡ぎ、洗い、染色の作業記録を残し、販売時に作業分を明示する。賃金配分は少額から始めるが、必ず本人へ説明する。
署名欄に、セドリックの名と私の名が並んだ。
その下に、紡ぎ手たちの名が続く。
◇
帰り道、セドリックは深く息を吐いた。
「難しいですね」
「はい」
「ミレイユであなたがしてきたことを、私はようやく自分の領で味わっています」
「では、半分先生ですね」
私が言うと、彼は少し困った顔をした。
「サラの言葉ですか」
「便利です」
「では、半分生徒でもあります」
私は笑った。
隣に立つとは、教えるだけでも、支えるだけでもない。
時には、相手の領地で一緒に叱られ、一緒に学ぶことなのだと思った。




