第八十二話 王女の猫の手紙
王都から、王女殿下の手紙が届いた。
封筒には王妃宮の紋章があり、中には小さな絵が三枚入っていた。石板を持つ猫、毛布にくるまる猫、橋を渡る猫。どれも少し丸く、どこか得意げな顔をしている。
サラは絵を見た瞬間、両手で口を押さえた。
「王女様の猫が、橋を渡っています」
「ええ」
「これは、白楡の猫が王都へ行って、王都の猫がミレイユへ来たということですか」
「たぶん、そういうことですね」
彼女は真剣に頷いた。
王女の手紙には、短い言葉が添えられていた。
白楡学び舎の子どもたちへ。
わたくしも、自分の名前をもっときれいに書けるよう練習しています。猫はまだ字を書けませんが、見守っています。
サラはそれを読み、また泣いた。
◇
その手紙は、学び舎の壁に貼ることになった。
王族からの手紙を壁に貼るなど恐れ多いという声もあったが、王妃から「子どもたちへ宛てた手紙なので、子どもたちが読める場所へ」と許可が来た。
手紙の前に、子どもたちは何度も集まった。
王女も字を練習する。
その事実は、彼らに不思議な力を与えたらしい。
「王女様も間違えますか」
小さな子が尋ねる。
「たぶん、間違えます」
「じゃあ、直しますか」
「直すと思います」
子どもは満足して、石板へ戻った。
身分が違っても、字を覚える時には手が迷う。
そのことが、学び舎の空気を少し明るくした。
◇
私は王女へ返事を書いた。
白楡学び舎の子どもたちは、殿下の猫を見て大変喜びました。
猫はまだ字を書けませんが、猫を見た子どもたちは今日も字を書いています。
いつか、殿下がミレイユへお越しの際には、橋を渡る猫の札をご覧いただけるよう準備します。
書き終えて、ふと笑った。
王宮への手紙に、猫のことをこれほど真面目に書く日が来るとは思わなかった。
けれど、これもまた国をつなぐ小さな糸だ。
難しい条約だけが、人を結ぶのではない。
時には、子どもの字と猫の絵が、遠い場所の心を近づける。




