第八十話 二年目の橋番
新しい橋に、二年目の橋番が置かれた。
初年度は、ミレイユとアシュフォードから交代で大人を出していた。けれど春市が大きくなり、荷馬車の通行が増えると、専任の橋番が必要になった。
選ばれたのは、トマだった。
彼は最初、信じられないという顔をした。
「私がですか」
「読み書きができ、両領の人に顔が知られていて、雪道も見られる人が必要です」
「でも、私はただの荷運びで」
「橋番は、ただの仕事ではありません」
セドリックが言った。
「通行料、荷の記録、天候、事故、困りごと。橋を渡る情報が集まる場所です」
トマは背筋を伸ばした。
役目を渡された人の顔になる。
◇
橋番小屋には、小さな机と帳面が置かれた。
通行した荷馬車の数、荷の種類、通行料、橋の傷、川の水位。最初の帳面の表紙には、サラが「橋の記録」と書いた。
トマは真剣に字をなぞる。
「間違えたら?」
「訂正線を引いて、横に正しい数字を書きます」
「消さないんですか」
「消すと、あとでわからなくなります」
私は説明しながら、自分も何度も同じことを学んできたと思った。
間違いは、消してなかったことにするより、直した跡を残す方が役に立つ。
◇
橋番の最初の仕事は、小さなもめごとだった。
アシュフォードの商人が、荷馬車の通行料を一台分だけ払おうとした。後ろに小さな荷車をつないでいたのに、それは荷馬車ではないと言い張ったのだ。
トマは困り、帳面を開いた。
規定には、牽引される荷車も荷の重量に応じて半額と書かれている。
「半額です」
「融通が利かないな」
商人が笑う。
トマは顔を赤くしたが、引かなかった。
「融通で橋は直りません」
その言葉を聞いた時、私は思わず顔を上げた。
セドリックも同じだった。
商人は渋々半額を払い、帳面に記録された。
橋番小屋の外で、トマは息を吐いた。
「膝が震えました」
「震えても、言えました」
私が言うと、彼は照れたように笑った。
◇
夕方、橋の収支掲示に新しい欄が加わった。
橋番日誌。
水位、天候、通行、もめごと、修繕の必要。トマの字はまだ少し不揃いだが、読みやすい。
サラがそれを見て、満足そうに言った。
「トマさんも半分先生です」
「私は橋番だ」
「橋のことを教えるから、先生です」
トマは困った顔をした。
私は笑った。
学び舎は、建物の中だけにあるのではない。
橋番小屋にも、作業場にも、救恤倉にも、王都の会議室にもある。
人が自分の仕事を言葉にし、誰かへ渡す時、そこに学びが生まれる。
橋は、今日も人を渡している。
それと同じくらい、役目も渡しているのだと思った。




