第七十八話 失敗の報告書
熱病が収まった後、私は報告書を書いた。
成功報告ではない。
失敗の報告書だ。
薬草の備蓄は足りかけた。石切場までの雪道対策は不十分だった。巡回医師への連絡手段が遅い。名簿の形式は現地で使うには欄が細かすぎた。看病する家への食料配分も、最初の二日で混乱した。
書けば書くほど、胃が重くなる。
メイが茶を置いた。
「奥様、お顔がまた紙です」
「今回は何色の紙ですか」
「灰色です」
「ひどい」
「事実でございます」
私は苦笑し、報告書へ戻った。
◇
王妃へ送る前に、広間で報告書を読み上げた。
関わった者たちに聞いてもらうためだ。
最初、皆の顔は暗かった。
せっかく誰も失わずに済んだのに、失敗ばかり読むのか。そう思ったのかもしれない。
私は読み終え、言った。
「これは、責めるための報告書ではありません。次に同じことが起きた時、もっと早く動くためのものです」
石切場の青年が手を上げた。
「名簿の欄は、少なくしてほしいです。雪の中で細かく書けません」
「採用します」
サラが言った。
「薬草の箱に、絵もつけた方がいいです。熱下げと眠り草を間違えそうでした」
「採用します」
マルタが腕を組んだ。
「看病する家には、粥の材料を先に渡すこと。薬だけじゃ腹は持たない」
「採用します」
失敗の報告書は、少しずつ次の手順へ変わっていった。
◇
王妃からの返事は早かった。
失敗の記録こそ、他領へ共有する価値がある。
成功だけを写せば、現場は同じ穴に落ちる。
次回の地方教育会議で、ミレイユの冬季対応報告を扱う。
最後に、手書きで短く添えられていた。
灰色の紙も、役に立ちます。
私は思わず笑った。
王妃様は、なぜメイの言葉まで知っているのだろう。フローラが報告したに違いない。
◇
失敗の報告書は、白楡学び舎にも掲示した。
子どもたちは最初、不思議そうに眺めていた。
「失敗も貼るんですか」
サラが尋ねる。
「貼ります」
「恥ずかしくありませんか」
「少し恥ずかしいです」
「でも貼るんですね」
「恥ずかしいから隠すと、次も同じところで転びます」
サラは真剣にうなずいた。
「では、私の計算間違いも貼りますか」
「それは練習帳で十分です」
彼女はほっとした顔をした。
失敗をすべて晒す必要はない。
けれど、人を守るために必要な失敗は、記録して共有する。
その線引きもまた、学んでいくしかない。
私は掲示された報告書を見上げた。
完璧な領主になることは、もう目標ではない。
間違いを直せる領地を作ること。
その方が、ずっと難しく、ずっと大切だった。




