第七十七話 冬越しの試験
白楡学び舎が本当に試されたのは、二度目の冬だった。
初雪は早く、山道はすぐに白くなった。巡回授業は予定通りには進まない。橋の通行も減り、作業場の薬草乾燥も湿気で遅れた。
そして、石切場の集落で熱病が出た。
知らせを受けた時、私は救恤倉の鍵を握った。以前なら、白楡館から人を走らせ、こちらで判断して薬草を送っただろう。
今は違う。
石切場には、巡回授業で育った記録係がいる。相談室から連絡を受ける手順がある。薬草の残数を、現地でも読める者が確認できる。
仕組みが動くかどうか。
冬が、それを試しに来た。
◇
救恤倉は、三つの鍵で開けられた。
私、ガスパル、村代表。薬草箱の数を確認し、石切場へ送る分、白楡館に残す分、アシュフォードへ応援を頼む分を分ける。
サラが記録を読む。
「白眠草ではありません。熱下げは解熱草です。残り十二束。石切場へ四束、館に六束、予備二束」
「よく確認しました」
彼女は顔を赤くしたが、すぐに次の欄を読んだ。
マルタは粥の材料を用意し、メイは清潔な布を束ねる。セドリックはアシュフォードの薬師へ早馬を出した。
誰か一人がすべてを決めているのではない。
それぞれが、自分の役目を知って動いている。
◇
石切場へ着くと、集落の小屋にはすでに名簿があった。
熱のある者、咳のある者、幼い子、老人、看病できる家。字は乱れていたが、読めた。巡回授業で名前を書けるようになった青年が、震える手で作ったものだった。
「間違っているかもしれません」
彼は不安そうに言った。
「間違っていたら直します。書いてくれたから、直せます」
そう答えると、彼は泣きそうな顔でうなずいた。
熱病は大きく広がらずに済んだ。
薬が早く届き、看病する家を分け、体力の弱い者を白楡館へ移せたからだ。もちろん、すべてがうまくいったわけではない。薬草はぎりぎりで、雪道の移動は危険だった。巡回医師の手配も遅れた。
けれど、誰も名簿から消えなかった。
◇
白楡館へ戻った夜、広間は疲れ切っていた。
サラは机に突っ伏し、マルタは椅子に座ったまま眠りかけている。セドリックも外套を脱ぐ力を失っていた。
「奥様」
ガスパルがかすれた声で言った。
「学び舎は、役に立ちましたな」
私は名簿を見た。
乱れた字。滲んだインク。何度も直された線。
「はい」
声が震えた。
「役に立ちました」
その言葉で、サラが顔を上げた。
「泣いていいですか」
「今日は、最初から泣いてもいいと思います」
サラは泣いた。
私も、少し泣いた。
冬越しの試験は、白楡学び舎を完璧だとは証明しなかった。
でも、不完全でも人を守れることを教えてくれた。
そして、不完全だからこそ、次の冬までに直すべきところが見えた。




