第六十八話 春祭りの鐘
春祭りの鐘は、新しい橋の両側で同時に鳴った。
ミレイユの教会の鐘と、アシュフォードの小塔の鐘。音は少しずれて、谷の上で重なった。完全に揃っていないのが、かえって今の二つの領地らしい。
祭りの朝、橋には花が飾られた。
白楡の若葉、山藤、子どもたちの紙花、そして猫と羊の小さな旗。サラは羊の旗に猫の足跡を描き、アシュフォードの子どもに怒られていた。
「交流です」
「侵入です」
子どもたちの議論を、フローラが真面目に記録しようとしている。
私は止めなかった。
いつか何かの資料になるかもしれない。
◇
祭りには、王都から王妃の祝い品が届いた。
小さな鐘だった。
読み書き寄り合いの開始を知らせるためのものだという。箱の中には、王女の描いた猫の絵も入っていた。相変わらず、猫は王都で人気らしい。
サラは鐘を両手で持ち、目を輝かせた。
「これを鳴らしていいのですか」
「寄り合いの時に」
「今日は祭りなので?」
「一度だけ」
鐘の音は小さく、澄んでいた。
その音を聞いた時、最初の寄り合いの日を思い出した。旧馬具倉で、自分の名前を書くところから始めた日。
あの小さな音が、ここまで来た。
◇
祭りの広場では、ミリアが会計台に座っていた。
もう緊張で青ざめてはいない。隣には王宮から来た若い見習いたちがいて、彼女に質問している。
「試食の数は、どう記録すれば」
「蜂蜜は特に注意してください。去年の教訓です」
フローラの報告書が、すでに役に立っている。
私はミリアに声をかけた。
「忙しそうですね」
「はい。でも、楽しいです」
彼女は笑った。
「数字が合うと、少し救われます」
「わかります」
二人で笑う。
かつて茶室で向かい合った私たちは、今、祭りの会計台の前で笑っている。
人生は、不思議な道を通る。
◇
父も祭りに来た。
公爵としてではなく、家族として、というにはまだぎこちない。けれど彼は橋を渡り、救恤倉の掲示を読み、作業場の女たちの店で薬草茶を買った。
アニエスが堂々と説明する。
「眠る前に一杯です。濃くしすぎると頭が重くなります」
父は真面目にうなずいた。
「覚えておく」
その姿を見て、私は少し胸が詰まった。
完全な和解ではない。
でも、父は今、説明を聞く側に立っている。
それだけで、春祭りの景色は以前と違った。
◇
夕方、橋の中央で祭りの最後の鐘が鳴った。
私はセドリックと並んで立つ。
彼は周囲の人々を見て、静かに言った。
「一年で、ずいぶん変わりました」
「はい」
「あなたが来た日、白楡館の火は小さかった」
「今は、少し大きくなりました」
「少しではないと思います」
彼の言葉に、私は橋の両側を見た。
ミレイユとアシュフォード。王都から来た人々。家族。仕事場の女たち。名前を書けるようになった子どもたち。
大きな炎ではない。
けれど、消えにくい灯になった。
鐘の余韻が谷に広がる。
春祭りの終わりは、次の季節の始まりだった。




