表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家の長女は婚約解消されました、家族の期待を置いて新しい私を生きます  作者: 小竹X


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/74

第六十四話 王都から戻る道

 婚礼前の最後の王都行きは、思ったより穏やかに終わった。


 王妃への正式な報告、婚姻契約書の確認、慈善市の収支提出、春市の記録の共有。予定は多かったが、どれも私を過去へ引き戻すものではなかった。


 王宮の廊下を歩いても、足がすくまない。


 白薔薇の茶室の前を通った時だけ、少し息が詰まった。


 あの日の私が、まだそこに座っている気がしたからだ。


 けれど扉は閉まっていた。


 今の私は、その前を通り過ぎることができた。


    ◇


 王妃は、婚姻契約書の写しに目を通し、満足そうにうなずいた。


「仕事机の条項まで入れるとは」


「必要でしたので」


「あなたらしい。いえ、あなたたちらしいと言うべきですね」


 その言い方に、頬が熱くなる。


 王妃はわずかに笑った。


「リディアさん。王宮であなたに教えたことが、あなたを縛った時期がありました」


「はい」


「今、それがあなたの道具になっているなら、少し救われます」


「道具にしました」


 私ははっきり答えた。


「礼儀も、帳簿も、席順も、言葉も。すべて、今は私が使います」


 王妃は静かにうなずいた。


「よい答えです」


 その褒め言葉に、昔ほど飢えていない自分に気づいた。


 嬉しい。


 でも、それで自分の価値が決まるわけではない。


    ◇


 王宮を出る時、ユリウス殿下とすれ違った。


 彼は地方監査の旅支度をしていた。華やかな護衛ではなく、実務官たちと資料箱を運んでいる。


「リディア」


「殿下」


「婚礼には、王家の名代として王妃が祝辞を送る。私は北の視察で出席できない」


「そうですか」


「祝福している」


 その言葉は、静かだった。


 未練を押しつけるものでも、過去を取り戻そうとするものでもない。


「ありがとうございます。殿下の視察が実りあるものでありますよう」


 殿下はうなずいた。


「手間も持って帰る」


 私は少し笑った。


「よろしいかと」


 短い会話で、私たちは別れた。


 今度こそ、本当に。


    ◇


 帰りの馬車には、セドリック様が同乗していた。


 王都の城壁が遠ざかる。


 私は窓からそれを見つめた。


「寂しいですか」


 セドリック様が尋ねる。


「少し」


 正直に答えた。


「嫌な場所でも、長くいた場所です」


「はい」


「でも、戻りたい寂しさではありません」


「では?」


「昔の私へ、ようやく手を振れた気がします」


 セドリック様は何も言わず、ただ隣にいてくれた。


 馬車は春の道を進む。


 王都の石畳から、やがて土の道へ。遠くに山が見え、空気が少し湿る。ミレイユへ近づく匂いだった。


「リディア嬢」


「はい」


「帰りましょう」


 その言葉に、胸が温かくなる。


「はい」


 王都から戻る道は、もう逃げ道ではない。


 私が選んだ場所へ帰る道だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ