第六十三話 兄の改革
アルベルト兄様は、公爵家で改革を始めた。
最初に作ったのは、家令任せにしない帳簿閲覧日だった。月に一度、領地代理人、家令、次期当主、外部監査人が同じ帳簿を見る。次に、使用人と領民からの苦情を受ける窓口。匿名でも記名でもよい。
父は最初、強く反対したらしい。
家の内側を外へ開くな。
兄はそれに、こう答えたという。
閉じた結果が今回です。
フローラからその話を聞き、私はしばらく黙った。
兄は、父の前でそう言ったのだ。
優秀な跡継ぎとしてではなく、次の当主として。
◇
公爵家の改革は、順調ではなかった。
古参の家臣は不満を漏らし、代理人たちは面倒が増えたと文句を言った。苦情箱には最初、いたずらや悪口も入った。
兄は、それでも箱を撤去しなかった。
月に一度、白楡館へ手紙が来る。
苦情箱に「台所の窓が寒い」と三通入った。調べたら本当に隙間風があった。
馬小屋の飼葉記録が曖昧だった。以前なら小さなこととして流したが、今は記録を直している。
父はまだ不機嫌だが、最近は会議の最後まで座るようになった。
兄の手紙は、以前より生活の匂いがした。
公爵家の大きな改革も、始まりは窓の隙間や飼葉の数なのだ。
◇
兄がミレイユへ来た時、私は救恤倉を案内した。
「三つの鍵は、公爵家でも使えるかもしれない」
兄は真剣に言った。
「ただ、領地が大きい分、鍵の数だけでは足りないな」
「仕組みは、そのまま移せません」
「わかっている。意味を移す」
その言葉に、私はうなずいた。
形だけ真似ても、また空洞になる。大切なのは、一人に任せきらないこと、記録を見える場所に置くこと、声を上げる道を閉じないこと。
兄はそれを理解し始めていた。
「リディア」
「はい」
「私は、父を完全に否定することができない」
兄は倉の棚を見ながら言った。
「父に育てられたし、父から学んだこともある。家を守る重さも知っている。だが、同じやり方は継がない」
「それでいいと思います」
「お前は、父を許すのか」
兄の問いに、私は少し考えた。
「まだわかりません。でも、許すかどうかを急がなくていいと思っています」
兄は安堵したように息を吐いた。
「私も、急がないことにする」
◇
婚礼の招待状を兄へ渡すと、彼は丁寧に受け取った。
「父も行くと言っている」
「そうですか」
「祝うために行くのか、と確認した。父は、努力すると言った」
努力。
父らしい、不器用な返事だった。
私は少し笑った。
「では、努力を見ます」
「厳しいな」
「兄様も、そう言うようになりましたね」
二人で笑った。
兄妹として笑う。
その時間を、私は長い間知らなかった気がする。
兄は帰り際、白楡館の玄関で立ち止まった。
「ここは、お前を変えたな」
「はい」
「いや、お前がここを変えて、ここがお前を変えたのか」
「その方が近いと思います」
兄はうなずき、馬車へ乗った。
公爵家もまた、変わり始めている。
完全ではない。遅い。痛みも残る。
それでも、閉じた家に少し風が入った。
その風が消えないよう、兄は兄の場所で戦っている。
私は白楡館の扉を閉め、静かに祈った。




