第六十一話 春市の二日間
春市の一日目は、谷の市から始まった。
朝霧が晴れる前から、荷馬車が道に並ぶ。ミレイユの薬草、アシュフォードの羊毛、南畑の豆、山村の蜂蜜、作業場の香草袋。白楡の責任の猫と、アシュフォードの羊印が、あちこちの札に揺れている。
サラは看板係として走り回っていた。
「猫は左、羊は右、鍋は奥です」
「鍋まで印がいるのかい」
マルタが呆れる。
「鍋は匂いでわかります」
「それでいい」
朝から笑いが絶えない。
市は忙しく、騒がしく、時々混乱した。荷馬車の場所を間違え、釣り銭が足りなくなり、子どもが蜂蜜の試食に集まりすぎた。
けれど、記録係がいた。
フローラとミリアが、売上と人の流れを分担して記録している。二人はかつて王太子の隣に立つ可能性を持った令嬢と男爵令嬢だった。今は市の端で、泥を避けながら数字を書いている。
その姿は、少し可笑しく、ひどく頼もしかった。
◇
二日目は、橋向こうの広場で開かれた。
初日の疲れが残っていたが、人出はさらに多かった。新しい橋を渡ること自体が、人々の楽しみになっていたらしい。
アシュフォードの羊毛織りはよく売れた。ミレイユの薬草茶も追加を求められたが、出荷上限を超えたため断った。
「売れるのに断るんですか」
商人の一人が驚く。
「領内用を残す必要があります」
「次はもっと作ればいい」
「作る人の手にも限りがあります」
私はそう答えた。
商人は少し不満そうだったが、アニエスが横から言った。
「手は増やせても、乾燥には日がいるんですよ」
作り手自身が説明する。
そのことが、私は嬉しかった。
◇
春市の終わり、二つの領地の代表が広場に集まった。
売上は良かった。けれどそれ以上に、問題も見えた。荷馬車の待機場所、雨天時の避難、共同警備、子どもの迷子、蜂蜜の試食制限。
サラが最後の項目を見て、真剣にうなずく。
「蜂蜜は危険です」
「おいしいからね」
マルタが言う。
会議は疲れていたが、誰も投げ出さなかった。
来年へ向けて、直すことがある。
それは失敗ではなく、続けるための材料だった。
セドリック様が私の隣で言った。
「二日開催は、来年も可能ですね」
「改善すれば」
「改善しましょう」
その言葉が自然に重なる。
◇
夕暮れ、広場の片づけが終わった。
橋の上から見ると、谷の市と橋向こうの広場が、一本の道でつながっているのがわかる。
以前なら、別々の場所だった。
今は、人と品と記録が行き来している。
フローラが隣に来た。
「お姉様、報告書の題名を決めました」
「何に?」
「春市二日開催における蜂蜜試食管理の課題」
「そこですか」
「王妃様が、具体的な題がよいと」
私は笑い、肩の力を抜いた。
春市は成功した。
大きな成功というより、小さな課題を抱えた、生きている成功だった。
それが、ミレイユらしいと思った。




