第六十話 橋の開通式
新しい橋の開通式は、よく晴れた日に行われた。
空は高く、川の水は春の光を跳ね返している。石のアーチはまだ新しく、欄干には白楡と山藤の枝が飾られた。橋の両側には、ミレイユとアシュフォードの人々が集まっている。
王宮からは、王妃の代理として監督官が来た。王太子ユリウスも、地方監査の一環として出席している。父は来なかった。兄とフローラが、ローウェン家として立っていた。
私は橋のたもとに立ち、記念石を見る。
子どもたちの名、私の名、セドリック様の名。冬を越えた字は、石に馴染んでいる。
「奥様、緊張していますか」
サラが尋ねる。
「少し」
「私もです。今日は字を読む係なので」
「一緒ですね」
サラは嬉しそうに笑った。
◇
式は簡素だった。
長い演説はしない。工事に関わった石工頭、村代表、アシュフォードの水路番、読み書き寄り合いの子どもたちが順に名前を呼ばれた。
サラが名簿を読む。
最初は声が震えていたが、途中から強くなった。
「石工頭、ベラン。水路番、イヴ。橋板運び、トマ。記念石係、サラと子どもたち」
自分の名で少し照れ、周囲が笑う。
名前を呼ぶ式。
それが、この橋にはふさわしかった。
セドリック様が短く挨拶した。
「橋は、石だけでは保ちません。渡る人が守り、壊れた時に直し、通行料を正しく扱い、次の世代へ渡して保ちます。今日から、この橋は両領の約束です」
次に、私が立った。
風が髪を揺らす。
「この橋は、雨の日に私たちが何を失いかけたかを覚えています。そして、失わないために何を作ったかも覚えていくでしょう。ここを渡る人が、自分の名で向こう岸へ行けるよう、私たちは記録し、直し、守ります」
言い終えると、静かな拍手が起きた。
◇
最初に橋を渡ったのは、子どもたちだった。
サラを先頭に、ミレイユとアシュフォードの子どもたちが手をつないで歩く。途中で一人が立ち止まり、川を覗き込んで叱られた。
次に、荷馬車が渡った。
石の上を車輪が鳴る。古い木橋とは違う、低く確かな音だった。
最後に、私とセドリック様が並んで渡る。
婚礼前に二人で橋を渡るのは縁起がよいのか悪いのか、誰かが少し揉めていたが、マルタが「もう求婚も返事もここで済んでるんだから今さらだよ」と一蹴した。
橋の中央で、セドリック様が小さく言った。
「ここで返事をいただきました」
「覚えています」
「一生、忘れません」
胸が熱くなった。
「私もです」
◇
式の後、ユリウス殿下が私に近づいてきた。
「よい橋だ」
「ありがとうございます」
「王都で、地方橋梁管理の資料を作ることになった。ここを参考にする」
「手間も一緒に持ち帰ってください」
殿下は苦笑した。
「その言葉も、資料に入れたいくらいだ」
以前のような痛みは、もう強くなかった。
この人は私の過去に深く関わった。けれど私の未来を決める人ではない。
殿下はセドリック様へ礼をし、橋の向こうへ歩いていった。
その背中を見送り、私は新しい橋の欄干に触れた。
冷たい石。
けれど、その下には人の手の温度が残っている。
橋は完成した。
でも、渡る日々はこれから始まる。




