第五十五話 二つの領地会議
アシュフォードとミレイユの合同領地会議は、新しい橋の上ではなく、白楡館の広間で開かれた。
橋の上で開けば象徴的だとサラが言ったが、マルタが即座に反対した。
「風が強い。紙が飛ぶ。鍋が置けない」
最後の理由で、広間に決まった。
会議には、両領の村代表、商人、橋番、作業場の女たち、読み書き寄り合いの代表、アシュフォードの家令たちが集まった。セドリック様と私は、長机の中央に並んで座る。
婚約後、初めての大きな共同会議だった。
周囲の視線には、期待と好奇心が混じっている。
伯爵と公爵令嬢の婚約者としてではなく、二つの領地をどう結ぶのかを見る視線だ。
「始めましょう」
セドリック様が言い、私が議事録用のペンを取った。
◇
議題は多かった。
橋の通行料、春市の日程、薬草と羊毛の交換、山道の雪崩対策、読み書き寄り合いの教材共有、アシュフォード側にも責任の猫を使いたいという要望。
最後の議題で、アシュフォードの家令が真顔で言った。
「我が領の羊毛製品にも、猫のような印が必要かと」
セドリック様が私を見る。
私は首を振った。
「猫は薬草の印です。羊毛なら、羊では?」
サラが小声で「猫が羊を着るのは」と言いかけ、メイに止められた。
会議は、想像以上に現実的で、時々妙な方向へ逸れた。
けれど、その逸れ方も含めて健全だった。
人が集まって話せば、予定通りには進まない。だから記録し、戻し、また進める。
◇
難航したのは、春市の場所だった。
ミレイユ側は谷の市を拡張したい。アシュフォード側は橋の向こうの広場を使いたい。どちらにも理由がある。谷の市には既存の店があり、アシュフォード側の広場は荷馬車が入りやすい。
議論が熱くなり、声が大きくなった。
私は一度、手を上げた。
「双方の理由を整理します」
紙に書く。
人の流れ、荷馬車、既存商人、警備、水場、雨天時の避難。書いてみると、問題は場所そのものではなく、春市の規模をどうするかにあると見えてきた。
セドリック様が言った。
「初年度は二日開催にし、一日目を谷の市、二日目を橋向こうの広場にする案は」
すぐ反対が出た。
手間が倍になる。客が分散する。
けれど別の商人が言った。
「二日あれば、遠い村の者も来られる」
作業場のアニエスが続けた。
「一日目に売れ残ったものを、二日目に持っていけます」
議論が動く。
最終的に、試験的に二日開催と決まった。収支と人出を記録し、来年見直す。
「試す、という言葉は便利ですね」
私が小声で言うと、セドリック様がうなずいた。
「失敗を許す余地があります」
◇
会議の終わりに、アシュフォードの老家令が立ち上がった。
「伯爵様、リディア様。お二人の婚姻後、両領は一つになるのですか」
広間が静まる。
誰もが気にしていた問いだった。
セドリック様は私を見た。
答えていい、という目だった。
私は立ち上がった。
「一つの家で結ばれますが、一つの領地として飲み込むことはしません。ミレイユにはミレイユの帳簿と会議、アシュフォードにはアシュフォードの帳簿と会議があります。共同で行うことは契約し、記録します」
「では、どちらが上になるので?」
「橋の上に、上も下もありません」
自分で言って、少し恥ずかしくなった。
けれど広間の空気はやわらいだ。
セドリック様が続ける。
「私たちは、支配ではなく接続を選びます」
その言葉に、私は心の中でうなずいた。
会議の記録には、こう残った。
両領は婚姻後も独立した管理を維持し、共同事業は契約と公開帳簿により運営する。
堅い文章だ。
けれどその堅さの中に、私たちが選んだ未来がある。
◇
会議後、広間には鍋が出た。
ミレイユの豆、アシュフォードの干し肉、両領の香草。マルタは満足そうに大鍋をかき混ぜた。
「これなら、橋の上じゃなくてよかっただろう」
誰も反論しなかった。
私はセドリック様と並んで、湯気の向こうの人々を見た。
二つの領地は、まだ一つの鍋を囲み始めたばかりだ。
でも、始まりとしては、確かな手応えがある。
いや、それだけでは足りない。
温かい。
その言葉の方が、今日の広間には合っていた。




