第五十四話 春の賠償金
賠償金の第一回分が届いたのは、白楡の芽が開き始めた朝だった。
王宮財務局の封筒には、金額、支払元、配分条件が細かく書かれている。ボルマン商会の差し押さえ資産と、ローウェン公爵家の弁済分。その一部が、ミレイユの口座へ移された。
広間に集まった人々は、金額を聞いてざわめいた。
大金だった。
けれど、失われた冬をすべて買い戻せるほどではない。
「まず、使い道を決めます」
私は広間の机に、配分案を貼り出した。
救恤倉の常備品補充。橋の修繕積立。読み書き寄り合いの灯油と教材。作業場の器具。被害が大きかった家への直接補填。薬草畑の拡張。
そして、予備費。
「全部使わないのですか」
トマが尋ねる。
「全部使うと、次の不作に対応できません」
「でも、今困っている家もあります」
「だから直接補填も入れています。配分は今日決めず、三日間意見を受けます」
以前なら、私が最適と思う案を決めていただろう。
今は、意見を受ける時間も配分の一部だと知っている。
◇
意見は、思ったより多く集まった。
南畑からは、排水溝の改修を優先してほしいという要望。作業場の女たちからは、賃金を少し上げるより、冬場にも作業できる暖房を整えてほしいという意見。読み書き寄り合いの大人たちからは、遠い村へ巡回授業をしてほしいという提案。
サラは、子ども代表として石板を一枚持ってきた。
「机が足りません」
そこには、曲がった字で大きく書かれていた。
私は笑いをこらえた。
「重要な意見です」
「あと、猫の札の紙が薄いです」
「それも?」
「破れると猫がかわいそうです」
隣でメイが真顔を保っている。
記録には、「包装紙の耐久性改善」と書いた。
◇
最も難しかったのは、直接補填だった。
被害の大きさは家ごとに違う。けれど金を配るとなれば、必ず不満が出る。多い、少ない、あの家は本当に困っていたのか。人の痛みが金額に変わる時、痛みはまた別の形で傷つく。
私はマルタとガスパル、村代表たちと何度も話し合った。
「完全に公平にはできません」
私が言うと、ガスパルはうなずいた。
「できますまい。ですが、なぜその額かを説明することはできます」
その通りだった。
補填額は、物的損害、病人の有無、冬の不足、今後の生活への影響で点数化した。冷たい方法に見えるかもしれない。けれど、誰かの声の大きさだけで決めるよりはよい。
最終案を掲示すると、やはり不満は出た。
私は一件ずつ聞いた。
全員が納得したわけではない。
それでも、理由を聞ける場所があることは、以前と違った。
◇
賠償金の配分が決まった夜、私は一人で救恤倉へ行った。
棚には新しい毛布が積まれ、薬草の箱には日付が書かれている。灯油の樽は入口から離し、鼠よけの台も置いた。
母の時代から途切れたものが、少しずつ戻っている。
けれど、ただ戻しただけではない。
三つの鍵、公開帳簿、読み書き寄り合い、苦情箱。母の仕組みに、今のミレイユの手が加わった。
「奥様」
振り返ると、セドリック様が立っていた。
「一人で倉に?」
「見たくなりました」
「わかります」
彼は隣に立ち、棚を見た。
「金は、時々人を壊します」
「はい」
「今回は、人をつなぐ方に使えたと思います」
その言葉に、ようやく肩の力が抜けた。
「まだ不満は残っています」
「残ります」
「それでも?」
「それでも、隠した金より、話し合った金の方がましです」
私は小さく笑った。
春の夜は、まだ冷える。
けれど救恤倉の中には、次の冬へ向けた準備がある。
失われたものを完全には戻せない。
それでも、戻ってきた金を、これから失わないための形に変えることはできる。
私は倉の扉を閉め、三つの鍵が順に回る音を聞いた。
その音は、春の始まりにふさわしい重さを持っていた。




